02



最近は桜の木を見上げるのが日課になっている。昔は桜の木が苦手だった。小さい頃おじいちゃんに「桜の木の下には死体が埋まっている」と聞かされそれ以来怖かったのだ。でも、あの日彼に出会ってからは一番好きになった。


あの日はまだ4月が始まったばかりで春休み中だった。文化部とは言え、運動部が活発に活動している春休みは写真部にとって絶好の機会である。午前中にバスケ部、サッカー部、剣道部を撮り終え午後からはテニス部、野球部を撮りに行く予定だ。部長と昼食を食べテニスコートへ向かうと近づくにつれて段々大きくなる黄色い声。相変わらずだなぁ、なんて思ってると女子の塊から少し離れた所に見知った顔が1人。同じクラスのえっちゃんだ。

「えっちゃーん! 何してるの?」
「あ、七海! もちろん、跡部様を見に来てるの!」
「そっか。えっちゃんは跡部の事好きだもんね!」
「ちょ、声大きい!」

顔を真っ赤にしたえっちゃんに両手で口を覆われる。しかしえっちゃんは部活に入っていなかったはず。わざわざ休みの日に来たのか。私だったら休みの日に来ようとは思わない。恋の力って凄いなあ。

「ねえー、えっちゃん」
「ん? なーに?」
「恋をする、ってどんな感じ?」

率直な疑問をぶつけてみる。生まれてから16年。未だに恋をしたことが無いのだ。皆がかっこいいと言う男の子を見てもときめかないし、ドキドキもしない。もちろん男の子が嫌いな訳でもないけど、女の子も男の子も皆好きなのだ。えっちゃんはうーん、と少し考え込むと口を開いた。

「なんだろうね、私の場合は相手がキラキラしているように見えて。胸がぎゅーってなって。相手のことばっかり考えちゃうような…。そんな感じかな?」
「そっかあ…。まだないなー」
「ふふっ、いつか七海にも素敵な人が現れた時、きっとそう思えるよ!」

七海の運命の人はどんな人だろうね? と悪戯っぽい笑みを浮かべて言うえっちゃん。素敵な人見つけますよーだ、と笑いながら言うとふと寒気がしたのでそちらを見る。遠くで般若の如くこちらを睨みつける部長を見つけた。やばい、写真撮ってない事バレてる。

「ご、ごめんえっちゃん私部活の途中だから行くね! ごゆっくり!」
「え、あ、いってらっしゃい…?」


脱兎のごとく私はその場から逃げ出した。


**


テニス部の写真を何枚か撮った後、息抜きに風景でも撮ろうとブラブラしていた。適当に歩いていると目の前には大きな桜の木。共同用具倉庫の近くにあるこの学園で一番大きな桜の木だ。ふと見上げると、枝の上に黒い塊が見えた。

「……猫?」

こんな漫画みたいなシチュエーションがあるだろうか。黒猫が桜の気の上で寝ているのだ。これはまさしくシャッターチャンス! ここからだと遠くて撮っても何を撮ったのかが分からない。仕方がないので登るか。そう思い、枝に掴まり木の幹に足をかけて登る。小さい頃から外でアクティブに遊んでいたのでこういう事は結構得意だ。あっという間に自分の身長より少し高い場所へと来たようで、地面がいつもより遠い。目的の黒猫は私がいきなり来て驚いたのか少し警戒してこちらを見ている。

「やぁ猫ちゃん、リラックスしてこっちを向いてくれー…」

小声で猫に語りかけるが敵意むき出しでこちらを睨みつける黒猫。カメラを構えながらじっとしてみるが効果はあまりないようで一向に警戒が解ける気配がない。

「うーん。どうしたら可愛い写真を撮らせてくれるのかなー?」
「……何、してるんですか」
「え。う、わわっ……!?」

急に声をかけられ驚き、バランスを崩してしまった。どしん、と大きな音を立てお尻から落下する。落下したと同時にべちゃりとした感覚。昨日少し降った雨のせいで日陰だった木の下は少しぬかるんでいたようだ。さ、最悪…。

「…大丈夫ですか?」
「全然大丈夫じゃない! ってか、カメラ! どこ!?」
「カメラってこれですか?」

目の前にはサラサラヘアーの目が切れ長の少年。 というか、君のせいで落ちたんだけど! そう言おうと思ったがふと手に何も持っていない事に気づいて焦ったが彼の手の中にカメラが。

「そう! ありがとう!」

そう言いながらカメラを受け取る。目の前の彼はじっと私の顔を見つめている。なんだろう、と思いながら私も見つめ返すと


「ふっ…顔に泥がついてるし、髪の毛に桜がついてますよ」
桜が散る中の彼の微笑みはまさに王子様だった。



これはもう運命と呼ぶしかないよね!

「日吉くん好きです!!」
「…俺は好きじゃありません」





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