ねえ今日学校帰りにみんなで映画を観に行こうよと言ってきたのは一平だった。いつもは勉強がしたいからと断る左吉と伝七が珍しくいいよと乗ってくれば妃子も断る理由はなく。四人で一平お勧めの今話題の映画を観に行った。 まずこの時点で何の映画なのかを確認しておけばよかったと、後悔してもしきれない。 一平のお勧めの映画はホラー映画だった。ホラーを楽しめる一平やそれほど怖がりでもない左吉はまだしも、そういった類いが大の苦手である妃子と伝七は内容を聞いて固まる。 帰ると踵を返したが、一平は既にチケットを購入済みだった。お金勿体ないし観ようよとほわほわとした笑顔で一平は妃子と伝七の手をとる。やることが巧妙だ。 さすが、元い組である。 「ほ、ホラーなんて聞いてないぞ、一平!」 「だって言ったら伝七も妃子ちゃんも来ないでしょう?」 「帰りたいこわいかえりたい」 「おい妃子、大丈夫か…」 きゃんきゃんと犬のように喚く伝七と青い顔をした妃子の手を引き、一平は無理やり映画館に入っていった。あーあと左吉はため息をついて、だが止めはせず一平のあとに続いて映画館へ入る。薄情者と叫ぶ伝七と妃子をさらっと無視して。 各々飲み物を売店で買い(この頃になると伝七も妃子も諦めはじめていた)、上映の放送が入ると、おずおずと歩く伝七を一平が引っ張り、妃子は左吉の影に隠れながら向かった。 そのあとは悲惨だった。 あまりの恐怖に固まり最大の山場で悲鳴をあげた伝七と、幽霊だけではなく動く人間や動物にまで怯える妃子と、けらけらと笑う一平。 そんな三人に挟まれ、映画はともかくホラー映画など二度とこのメンバーで観に行くものかと左吉は心に固く誓った。恥ずかしすぎる。 エンドロールが流れる頃には妃子は一平にしがみつき、伝七は魂が抜けていた。 「……終わったけど。帰らないの?」 「ふたりとも大丈夫ー?」 「僕…古い家とか近寄らない…天井裏にも近付きたくない…」 「むりむりむり怖いとかそういうレベルじゃないなにあれこわい」 呆然とする伝七と両手で顔を覆って俯く妃子をみて、一平と左吉は顔を見合わせる。怖がりとは知っていたがまさかここまでとは。落ち着くまでしばらく待とうとしたが清掃が入り、仕方ないと椅子から立ち上がろうとしない二人を引っ張り、館内から出る。 外に出ると辺りはもう暗くなっており、更に伝七と妃子は青ざめた。 「暗いな」 「もう九時だしねえ」 「僕…左吉と家が近くてよかったと心の底から思った…!」 「伝七、それ、言ってて悲しくないか?」 「ぼくどうしよう…」 「あ、そっか、妃子ちゃんだけ方向違うもんね」 青ざめたまま呟く妃子と他の三人は帰りが全く逆の方向だった。送っていくと左吉が言うが、遠回りどころの話じゃなくなる。へたしたら左吉の帰りが11時になってしまう。それはだめだと妃子は首を振って断った。 どうしようかと頭を悩ませる三人に妃子は一人でも大丈夫だと微笑んだ。笑顔が引きつってしまったのは見逃してもらいたい。でも、と渋っていると、映画館から騒がしい声が聞こえてくる。聞き覚えのある声に四人は振り向く。 「おっもしろかったー!海賊っていいな!かっこいい!」 「団蔵、五月蝿い。もう九時だから」 「しかし団蔵がタダ券もっててよかったなあ」 「面白かったしな。若旦那ごちー」 「あ」 映画館から出てきたのは三組の団蔵と庄左ヱ門、虎若、きり丸だった。団蔵と庄左ヱ門の姿に左吉と妃子は顔をひきつらせる。 面倒なことになる前に立ち去ろうとすると、タイミング悪く団蔵に見つかってしまい、おーいと声をかけられてしまった。一平が律儀に手を降り返せば無視など出来なかった。 一平たちも映画観に来てたんだ、こんなところに溜まっててどうした?比較的、一組(というか一平)に友好的な虎若が聞くと、左吉と妃子が止める間もなく今までの会話の流れを一平が大まかに説明した。 一通りを聞き終えると、へえときり丸が頷き、ちらりと庄左ヱ門を見て口を開いた。 「庄ちゃんは今福と帰る方向一緒だよな」 「そうだけど……きり丸も一緒でしょ」 「おれこのあとバイトだもん。無理」 「えっ中学生だよな!?」 「固いこと言うなって。先生に言ったら兵太夫に新作の実験台にしてもらうからな」 「!?」 「つうことで、送ってやれよ、庄ちゃん」 な?ときり丸は八重歯を覗かせて笑う。妃子のためといいつつこの状況を楽しんでいるのはありありとわかる。 庄左ヱ門が渋っていると、じゃあさぁ、と隣にたつ団蔵が手をあげた。 「庄ちゃんだめなら、俺が送ってあげようか?ちょっと遠回りになるだけだしー、おんなのこが一人で帰るのは危ないもんね」 「え、いいのか?」 「いや団蔵は駄目だ」 「加藤とは一緒に帰せない」 「加藤はな……」 「逆に妃子ちゃんがあぶないから、だめー」 「ちょっと団蔵黙っててくれるかな」 「なんで!?」 きり丸と左吉と伝七と一平と庄左ヱ門にばっさりと切られて団蔵は非難の声をあげるが、親友の虎若にまで肩を叩かれて日頃の行いだと言われてしまえばなにも言えなかった。 やっぱ庄ちゃん送ってやれよと言うきり丸に庄左ヱ門は眉を寄せる。妃子はふて腐れたように顔を伏せてぼそぼそと呟く。 「……べつに、嫌ならいい。一人でも帰れるし」 「……嫌とは言ってないよ」 はあ、と小さくため息をつくと、庄左ヱ門は妃子の手を握った。突然手を握られて妃子はぅええ!?とおかしな悲鳴を上げて飛び上がる。 「じゃあ、僕ら帰るね」 「ちょっ、黒木!おまえ、手…っ」 「おう、気をつけて」 「庄ちゃんまた明日ねー」 「鉢屋先輩に殺されないようにな!」 「まあ黒木なら…じゃあまた明日な、妃子」 「妃子ちゃん…気をつけてね…本当に気をつけてね…!」 「え、一平はなんでそんなに不安そうなんだ」 耳まで赤く染めて騒ぐ妃子を無視して庄左ヱ門は歩き始めた。後ろでは団蔵に送られるかどうかの時以上に心配してる一平が両の手を握り締めて祈っていた。団蔵ならわかるが庄左ヱ門相手にそこまで心配するものだろうか。 妃子は鞄を抱えなおして、手を引いてずんずんと歩く庄左ヱ門を見る。手はさっきからずっと握られたままで、伝わる熱が熱い。妃子にとって手を握る行為は別に珍しいことではない。スキンシップが過剰な兄は今でも事あるごとに手を握ってくるし、一平も手を繋ぐことが好きだ。 だから別に、珍しいことではないのに。動揺している自分に嫌気がさした。 「……くろ、き。手、離せよ」 「離したら逃げるでしょう」 「もう逃げないからっ」 「でも駄目」 今福は、はぐれるの得意だし。庄左ヱ門はちらりと振り返り、歩く速度を緩めた。 いつの話だよ室町での話だろそれはとか、兄さんが見たらどうするんだあの人のシスコン振り半端ないんだからなとか、二郭に誤解されてもいいのかよとか、言いたいことは山ほどあった。 だけどどれも声に出ることはなくて。どうしても、彼から伝わる熱があつくて。 なんだか泣きたくなった。 たまたま方面が同じだった左吉たちと団蔵たちは、駅のホームで電車を待っていた。団蔵と虎若と一平は腹が減ったと売店でパンやお菓子を買い、伝七と左吉は参考書を開いていた。どこまでいってもい組なのだなときり丸は関心する。まあ、それはは組も同じか。 カレーパンを頬張る団蔵が、そういえばさあ、と口を開く。 「庄ちゃんなんであんなしぶったんだろ。いつもは優しいのに」 「ああ……まあ、一組だからじゃないか」 「あはは、違う違う、照れくさいだけだろ、あれは」 「は?」 携帯でメールを打ちながらにやにやと笑うきり丸に団蔵と虎若は目を丸くする。 因みに彼女は団蔵たちの乗る電車の向かいの電車でバイトに向かうそうだ。 「おんなのことして扱うべきか、今福として扱うべきか。まだ悩んでんじゃねえの?」 「……ああ、なるほどねえ」 きり丸の言葉に一平だけが納得がいったように頷いた。舐めていたチュッパチャップスががり、と歯で割れた。 今の彼女を、今福妃子として接するのか、今福彦四郎として接するのか。まだ庄左ヱ門は決めかねているのだろう。とても大切にしていた人間だったからこそ。尚更。 だから黒木は嫌だったのに。微笑みを絶やさない一平が突然無表情になり、左吉と伝七はびくりと肩を震わせる。そんな一平の反応にきり丸は目を丸くした。ああ、さっき庄左ヱ門が送ると言った途端不機嫌になったのはそういうことか。 一平には記憶があるのだろう。室町での記憶が。そりゃあ昔のあいつらを知ってたら二人で帰したくはないよなあと携帯を揺らす。いろんな意味で。 彦も妃子ちゃんも同じ人間なのにと一平は表情をなくした顔で小さく呟く。 おなじ、ねえ。一平の言葉にきり丸は苦笑いを浮かべた。 「なあ、なんの話?」 団蔵や虎若、伝七や左吉は、首を傾げてきり丸と一平を見る。それはそうだろう、彼らには全くわからない話なのだから。それが寂しいとは思うけど、無理に思い出してもらいたいときり丸は思わなかった。 それでも、みんなが思い出してくれたらきっと、しあわせなことだよと笑っていたのは誰だっただろう。 きり丸は八重歯を見せてにかっと笑った。 「意味のないはなしだよ」 かみさまの策略 はぐれたのはどちらだったのだろう。 透徹 110810 |