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(12.11.08 )


羨ましいと言われた。

最近の女子としては珍しく化粧を一切していないその子は、大きくてまんまるい瞳に水の膜を張って、羨ましいと、言う。そんなんに見えるんだ。どこか遠くから眺めているような感覚で紫原はその子を見下ろす。

菓子が欲しいとねだれば欲しい物を与えられることも、時には諭しされることも、まるで絵画から切り取られたような美しい笑みを向けられることも、低くそれでいて耳に心地良い声で名前を呼ばれることも、氷室辰也を想っている者から見ればそれは全て羨むべきものなのだろう。
けれど紫原からしたら、それを羨む女子達の方が羨ましかった。彼女達は、彼が望んで望んで、それでも届かなかった、かみさまからの贈り物を持っていない。
持っていないからこそ、あの笑みを向けられないのだ。氷室が優しく美しい笑みを浮かべる時は、ただ単に、感情を隠すためであって。好かれているからじゃない。

じゃあどんな感情を隠して紫原に接しているのか。

わからないほど紫原は鈍くはない。


じっと黙っていると、その子はついにほろほろと大きな瞳から涙を溢しはじめた。
ああ、やだなあ、めんどい。けれど彼女はそれほど、泣いてしまうほどに氷室が好きなのだろう。いいなあ、と思う。
だって紫原にはそこまでできない。泣くほど彼を想うことも、万が一でも彼から想われることも。
きっと、かなわないから。


(あのねえ、うらやましいもなにも、室ちん、俺のこと嫌いだよ。)


その一言は、どうしても言えなかった。

認めたく、なかった。