(12.08.16 )
(♀紫原)
人生の半分をアメリカで育てば、生まれは日本であろうと、やっぱり好みはそちら側のものに染まってしまうものなんだろうか。
授業の一貫だとかなんとかどうでもいい理由をつけて英語教師が持ってきた、たいしておもしろくもない洋画を見ながら、思った。 思い返してみれば紫原と所謂恋人同士という関係にある氷室は、やたらとスキンシップは激しいし、好きだとか愛しているとか日本人にはなかなか言えないような愛の言葉を恥ずかしげもなくさらりと口にすることが多い。 ミーハーで下世話な女子など、あちらの方も激しいんじゃないかと言ってくることもあった。紫原は誰かと付き合うのもそういう関係も氷室が初めての相手なので、なにがうまいとか下手だとかはよくわからないのだが。 しつこい、とは、まあ、鈍い紫原でもたまに思ったりはする。
じゃあ、と、小さな画面に映る女優に目を向ける。 透けるようなプラチナブロンドに、高い鼻、焼けることを知らない白い肌、空よりも澄んだ蒼い瞳に、無駄のない凹凸のある体。 もしかして彼の好みは、こういう女性なんじゃないか。
なんて。
「それで、髪を染めたいって?」
「だめなの?」
「だめというか」
眉を寄せて小首をかしげる紫原に、氷室は溜め息をぐっと押し殺して苦笑を作った。だめじゃないけど、いや、せめて高校を卒業してからじゃないとだめかもしれないな。うちは校則も少し厳しいし。 そう言いながら先ほど紫原から奪ったものを後ろ手に隠す。突然部屋へやってきて髪を染めたいと紫原が言い出し、スカートのポケットから出したのは美術の授業で使う絵の具だった。 唐突に言い出した言葉だけでも驚いたというのに、絵の具を頭から被ろうとした時はさすがに冷や汗が出た。
「髪なんか染めなくても、敦はかわいいよ」
「うそだ、室ちん、金髪とか銀髪の、きょにゅーのおねーさんがすきなんでしょ」
「そんなことはないけど」
「おっぱいはね、おれおっきいから、大丈夫だけど、髪は変な色だし、目も蒼くないし。あ、目は青い絵の具使えばいいかな」
「お願いだからやめてくれ」
会話が成り立たないのは今更なので気にしないが、突飛な発想と行動力だけはいつまでも慣れない。 百歩、いや数千歩譲って髪の毛ならまだしも、眼球に絵の具はやめてほしい。そして彼女はここで止めないと確実に行動に移すと断言できるところが恐ろしい。
「なんでだめなの。室ちんのけち」
「けちもなにも……だって、俺は敦の髪の色も目の色も、好きだし。紫陽花みたいできれいだろう」
「うそつき。きれいじゃない、こんな変な色」
何を言ってもまるで信じようとせず、ふい、と顔をそらす紫原に氷室は首をかしげる。子供のような彼女は人より頑固な方ではあるが、長く言い聞かせれば最後には飽きてわかったと頷くのがいつものパターンなのに。今日は譲る気がないようだ。 先の進まない問答に困り果て、顎に手を当ててため息をつく。そんな様でさえ妙にかっこいいから腹立つなと福井が言っていたのを紫原は思いだした。彼はなにをしても様になる。誰もが目を引かれ、誰もが好きになる。 氷室の首にぶらさがったそれをじっと見つめる紫原に気付き、そこから先程の問答と照らし合わせて一つの結論に至った。もしかして。
「敦が気になってるのは、アレックスかな」
「……ちげーし」
数秒迷って否定を口にした紫原に、当たりか、と心の中で呟く。彼女が火神を気にしていることは知っていたが、師であるアレックスも気にしていたとは。火神よりも焦っているように見えるのは、火神のように同性ではなくアレックスが異性だからか。 むう、と口を尖らせる嫉妬深く独占欲の強い恋人に、顔が緩むのは仕方ないことだ。束縛されることは嫌いじゃあない。 にこにこと笑う氷室に紫原は、なにわらってんだし、とベッドの横にあった枕を投げたが難なく避けられてしまう。
「……ところで敦、知っているか? 自分の好きなものを馬鹿にされると腹が立つ、ってこと」
「? 知ってるけど。おれだって、赤ちんばかにされたらむかつくし」
「それはそれで腹立つな。まあ、今はいいか。じゃあ、わかるかな?」
「なにが?」
言葉の意図が読めずに首をかしげる紫原の長い髪を掬いあげ、リップ音をたてて口付ける。 六月に咲く紫陽花のように美しい色の髪の毛と、宝石のようにキラキラと輝く瞳を、氷室は一等気に入っていた。
だから。
「俺はこれが好きだって、言ったよな。……好きなものを馬鹿にされて、腹が立つ」
にこりと笑う目が、笑っていない。氷室が相当苛立っていることに、鈍い紫原でも流石に気付く。 氷室は穏和と思われがちだが、元々沸点は低い。好きと言われた嬉しさよりも彼を怒らせたという事実に思わず身を引く。 が、氷室は逃がさないとでもいうように紫原の腕を掴んでベッドに押し付けた。いよいよ紫原は青ざめる。怒った氷室は、怖いししつこいのだ。
「や、ごめん、髪そめない、から、腕!いたいっ」
「だめ。敦は忘れっぽいから。……二度とそんな考え浮かばないようにしようか」
「なにすんの」
「ん?そうだな……敦が泣いて嫌っていうまで、敦の全部を、愛してあげる」
目を細めて笑う氷室の目にはもう怒りはなく、餌を目の前にした獣のようで。 ああ、これは、しつこくなる。紫原は自分の失言を今更ながら悔やみ、噛みつくようなキスを素直に受け入れた。
全く、愛が重いね。 お互い様だ。
怒ったというか拗ねた氷室さん 別のジャンルでも似たような話書いたことに書き終わったあとに気付きましたぎゃあ
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