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(12.08.10 )


 誰にでも好かれる笑みを浮かべる氷室は、好青年といったそれがまさにぴったり当てはまる人物だと、学園の誰もが噂した。
そんなもんかなあ。紫原は真っ暗な体育館の隅に寄り掛かり、買ってきたばかりの駄菓子を口に頬張る。
部活が全て終わった体育館の電気はステージ側の一つ以外全て消えていた。そんな中で汗だくでシュート練習を繰り返す氷室を、紫原はただじっと見詰めた。

 優しくて勉強もできてバスケがうまい氷室はきっと誰からも愛されるのだろうと、思う。
事実、陽泉の女子内ではかなりの人気がある。同性にだって、アメリカ育ち故に気さくな性格なこともあり、後輩や先輩からも好かれている。
絵にかいたような、ああ、たとえば桃井が読んでいた少女漫画のヒロインが恋する男の子はきっとこういうことをいうのだろう。黄瀬もそれと似たものはあるが、彼が全ての人間に好かれたいと思っていない、案外性格は歪んだ人間だと紫原は知っていた。
けど氷室は、わからなかった。たとえば何が好きか、何が嫌いか、なにを、考えているのか。
氷室は周囲になにも悟らせない。腹の内になにを思っていようが、あの笑顔で全てを隠すのだ。

優しい氷室せんぱい、なんて。
笑えたはなしだ。


「室ちん、帰んねーの」

「もう少しだけ。敦は先に帰ってもいいよ」

「じゃま?」

「邪魔じゃないけど、」

「……ん、やっぱ帰る」


たくさんあった菓子の最後の一本のポッキーを口にくわえて、紫原は立ち上がる。

そう?なら気を付けてな。
笑う氷室に紫原は手を降り、あんまり遅くなりすぎないようにねーと言い残して体育館を去った。去り際に氷室がほっと息をついたのを、紫原は見逃さなかった。

うそつき。紫原は声に出さず呟く。
本当は練習をしてるところなんて、見られたくなかったくせに。

氷室はずっと、なにも言わない。本当は邪魔でも、言わずに笑って隠す。
そうして優しさに隠したトゲを見せることも彼は忘れない。きっとさっきの溜め息も紫原に気付かれるようにわざとしたのだ。気付きはじめたのはいつからかわからない。
けれどたとえば岡村や福井や劉と話したあとに氷室と話すときに感じた違和感だったり、目、だったりが、たしかにあって。向けられた感情は中学時代に何度も味わったもので、間違うはずはなかった。

ねえ室ちんは俺のこと好き?そう聞けば氷室は笑って、好きだよと返してくれるのだろう。
けど、絶対に、彼は本心を見せはしないのだろう。
他の誰でもない、紫原にだけは。わかっている。彼が自分を本当はどう思っているのか。
氷室が、わざと、気付かせただけなのかもしれないが。

明かりが一つだけの体育館を背に、今度は声に出して紫原は呟いた。


「室ちんのうそつき」


好きだなんて。
ほんとうは、きらいなくせに。
おれのことなんか。


体育館に響くボールの弾む音がいつも以上に五月蝿く感じた。