■八月二十二日


風邪も全快したらしく、沢田は元気そうな姿で応接室にやって来た。
まあ実際は休日二日もたまたま沢田家の前を通りかかり(散歩だ)、日曜日には家の外から元気そうな声も聞いていたのだが。
沢田は木曜日に彼の家まで送られた礼を言うと、もう大丈夫ですと笑顔を向けた。
なのに僕が「そう」と一言相槌を打って唇を近づけようとすると、珍しく頑なに拒んだ。
「風邪、うつっちゃうといけないし」
そう言って一歩離れようとした沢田にむっとして、肩をがっちりと掴んだ。
「もう大丈夫って、言ったじゃない」
でも、とまだ抵抗を見せる彼に、強引に唇を合わせる。
三日分、とばかりに思う存分舌を絡ませると、解放した頃には彼の息は上がり頬は真っ赤に染まっていた。
「また熱、出ちゃった?」
やりすぎたかと思い顔を覗き込むと、沢田はぶんぶんと頭を振った。
「今日も、送るから」
「え・・・い、いいです。もう平気で」
「さっき、まだ風邪うつりそうって言ったよね」
にや、と笑みを見せて意地悪を言うと、沢田は口を尖らせて「ヒバリさん、ずるい」と睨んだ。

二人並んで、いつもとは違う人通りの少ない路を歩く。
多少遠回りにはなるが、群れを見たくないという僕に沢田は素直に頷いた。
静かな路を二人ゆっくりと歩く。
並んで歩くとこの前のデートの時のように時々指先が触れた。
その感触に神経を集中させていたせいで、気付くのが遅れたかもしれない。
殺気を感じ身構えた時には、沢田を逃がす余裕の無いほど群れは近くに来ていた。
「下がってて」
街中でこういう輩に囲まれることは僕にとっては日常茶飯事だ。
背中に、大事な子がいるのを除けば。

群れを、小さく震える彼に近づけないようトンファーを振るう。なんという事は無い只の雑魚だ。彼らは次々と倒れていった。
と、沢田の後ろの物陰から、今まで姿を見せなかった一人が現れ彼に触れようとした。
僕が迷わず駆け寄ってそれを地面に叩きつけた時、後頭部に衝撃を感じた。
振り返って、後ろに回り込んだ雑魚を倒すと、辺りは急に静かになった。

「ヒバリさん・・・血!」
悲鳴のような声を聞いて振り返ると、青ざめた顔の沢田がしがみついて来た。
後頭部を触ってみるとぬるりと生暖かい感触がしたが、たいした怪我で無い事は今までの経験から分かった。
「血は出てるけどたいした事はない。巻き込んで悪かったね」
彼が血で汚れないように反対の手で頭を撫でてやると、その大きな瞳からぽろぽろとしずくが零れ落ちた。
「御免なさい・・・俺、足手まといに・・・」
「違う」
確かに一人でいる時に比べれば大きなハンデではあった。しかし、足手まといとは違う。
それをどう伝えたら良いか分からずに黙り込むと、沢田はまだうっすら涙を浮かべながらも、手当てを、と僕の手を取り家まで連れて行った。

僕は沢田家で彼の母親の手当てを受けた。
正直先週初めて顔を合わせた時の良いイメージを崩したくはなかったのだが、ずっとぐずぐずと泣き続けている沢田に逆らうことはできなかった。
「はい、出来た。傷口は浅いみたいだけど、頭の怪我だから一度病院で見てもらった方がいいと思うわ」
「ありがとうございます」
「喧嘩でもしたの?気を付けないとね」
「違う!」
明るく笑う母親も声に反応し、沢田は顔を上げた。
「ヒバリさん、俺のこと助けようとして・・・俺がぼうっとしてなかったら・・・」
「君のせいじゃないって言ってるだろ。逆に巻き込んだのは僕の方で」
「違う俺があんな」「沢田」
強い口調で彼の言葉を止めると、僕は微笑んで言った。
「喉渇いた。水が欲しいんだけど」
すると、沢田の顔はぱっと明るくなった。
「分かりました!冷たいのがいいですか?」
「うん、氷も入れて来て」
彼はさっと立ち上がると部屋を出て行った。自分に出来ることがなかった分、余計に自らを責めていたのだろう。今の沢田からは尻尾が見えるようだった。
彼の足音が聞こえなくなると、僕は彼の母親に向き直った。
「あの子はああ言っていますが、巻き込んでしまったのは僕です。立場上こういった事は頻繁にあるので・・・只一緒にいたというだけで、彼も危ない目に逢わせてしまいました。申し訳ありません」
彼女は頭を下げる僕の言葉に黙って耳を傾けていたが、やがて静かに言った。
「優しい子ね、雲雀君は」
驚いて顔を上げると、柔らかな笑顔があった。
「・・・優しいなんて、言われたことはありません」
「そう?」
くすくすと楽しそうに笑う。僕は我が子を危ない目に合わせた張本人なのに。
「あの子は意外と強いのよ。なんてったって、最強の家庭教師が付いてますからね。・・・でも、誰かが傷付くことに関してだけは、人一倍弱いかもしれない・・・」
・・・知っている。
「あの子を、宜しくね」
にっこりと笑いかける顔は、沢田によく似ていると思った。
はい、と答える権利が僕にあるのかと考えているうちにパタパタと軽い足音が聞こえ、僕らの話はそこで終了となった。

まだ仕事が残っているからと、引き止める彼らに暇を告げた。
玄関先でまだ心配そうな顔の沢田に大丈夫と言い頭を撫でると、彼は目を伏せた。
「・・・ヒバリさん、優しすぎ・・・」
顔だけでなくこんな所まで似ていると思い、苦笑が漏れた。
「君の母親にも言われた。変な親子だね。そんな事誰にも言われたことない」
「・・・みんな、知らないから」
違う。君が僕をそういう風に変えたんだ。

また明日、と声をかけ、柔らかく抱きしめた。
愛おしさに、胸がきゅっと締め付けられる感じがする。

それは、昨日までの感情とは、少し違っている気がした。





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