■八月十五日


書類に目を通しながらも、気付くと昨日の事を思い返している自分に気付く。
一日経った今も、妙に浮き足立っていた。

昨日待ち合わせ場所に早く着いた僕は、噴水の囲いに腰を下ろしながら沢田が現れるのを待っていた。
日曜に公園に来ることなど滅多に無く、家族連れの多さに驚いた。
目の前には二十代後半位の男女と、二歳位の少女が手を繋いで歩いていた。
・・・こういう「群れ」なら悪くないかもしれない。
沢田と僕の間に小さな子供が一人、手を繋いで横並びになっている姿を想像していると、公園の入り口にふわふわの茶色を見つけた。
向こうも僕を見つけたらしく子犬のように駆けて来たので、片手を上げて・・・そのまま凍りついた。

黒のショートパンツから、真っ白な太ももが顔を覗かせていた。

「おはようございます・・・ヒバリさん・・・?」
舐めてくださいといわんばかりの白色から目が離せない僕を沢田は不思議そうな顔で覗き込む。
はっとして慌てて目を逸らすと、沢田はへにゃりと僕に笑いかけた。
「ヒバリさんの私服、初めて見ました。なんかイメージ通りでかっこいい〜」
「・・・僕も、初めて見た・・・」
そんな短いの、と続けそうになって、口を閉ざした。
と、急に沢田がもじもじしだし、ショートパンツの裾を延ばし始めた。
しまった、いやらしい目で彼を見ていたのがバレたのか。思わず冷や汗が出てきたが、必死にポーカーフェイスを保つ。
「あの・・・これ短すぎですよね・・・?リボーンの奴がどっかから出してきて、悩殺がどうとか・・・」
そういうことか。
赤ん坊の計画は成功だ。しっかり悩殺されてしまった。
「行くよ」
そのまま彼の方を見ずに身を翻し、すたすたと歩き出す。
慌てて後を追いかける速いテンポの足音を、背中で確認しながら。

映画を見て、近くのレストランで昼食を取り、商店街を抜けて海の見える公園に出た。
正直デート(誰がなんと言おうとデートだ)なんて何をしたらいいのか判らず悩んだが、金曜日の帰り応接室のローテーブルの上に見覚えの無い雑誌が置いてあり(沢田が来ていた時には無かった)、見出しが「デートスポット」であったため熟読した。
他にも色々載ってはいたが、とりあえず「オーソドックスに」と記されているものを選んだ。
沢田はデートの間中ニコニコしていたので、選択は正解だったのだと思う。

海の側を並んで歩く。時々手が触れては、何も無かった様に離れていく、その微妙な距離感がもどかしい。
ドン、と音がして隣を見ると、沢田がすれ違った男にぶつかって謝っていた。
「・・・鈍くさいね」
「う」
変な呻き声を上げて黙り込んだ沢田から顔を背け、明後日の方を見ながらそっと、彼の手を握った。
隣で息を呑む音が聞こえたが、僕の手は振り払われること無くそのまま二人とも黙って歩き続けた。
握っている内に力加減が分からなくなり、痛くはないだろうかと思い始めた頃、背後から声をかけられ振り向いた。

立っていたのは、沢田が「京子ちゃん」と呼んでいた、あの女だった。

沢田は僕より遅れて振り向きその姿を認めると、あわてて僕の手から抜け出した。
面白くない。
「珍しいですね、二人でお出かけなんて」
「あ、違うんだ、これは・・・」
何が違うのだ。必死に言い訳しようとする沢田にムカツキが治まらない。
「仲、いいんだね」
彼女はにっこりと笑うと、僕に一礼して友人たちの中に消えた。
沢田は下を向いて紅くなっていた。
僕は眉間にしわを寄せながら、強引に彼の手を掴み、ぐいぐいと引っ張って歩き出す。
「え、あの、痛いです!離してください!」

離さない。

僕は更に力を込めて彼の手を握った。
そのまま引っ張るようにしてずんずん進んでいったが、妙に静かなので気になってちら、と後ろを伺った。
すると、大人しく手を引かれながら俯く彼の頬がほんのり赤く染まっているのが見える。
僕より背が低いその顔を見ようとすれば、故意に視界に入れまいとしていた白い太ももも嫌でも目に入り・・・

「ヒバリさん」
ふいに近くで呼ばれ椅子から落ちそうになる。
気づけばすぐ横に沢田が立っていた。
「す、すみません。ノックしたんですけど返事が無いので、勝手に入っちゃいました。お仕事集中してたんですね」
頭の中はもろもろでいっぱいだったが、机に広がった書類をガン見しながらペンを持ち肩肘を付く姿は、どう見ても仕事モードだ。もちろんあえて否定はしないが。
「昨日、楽しかったです。ありがとうございました」
へにゃりと笑う顔にほんのりと赤みが差しているように見えるのは、昨日のことを思い出してのことだろうか。

これからの僕の目標は二つ。
一つは、風紀を一つの企業とするところから始め、世界がひれ伏すようなグループに発展させていく事。
もう一つは、このこの眼を僕に向けさせ、一生離れられないようにする事。

僕の力を持って、出来ない事など何もないのだ。




追記
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