■十月三日


始業前、校門の前で風紀検査(今日から完全な冬服期間に入ったので、そのチェックも兼ねている)のために立っていると、生徒たちの間から茶色のくせっ毛が見えた。
近づいて来た彼におはようと声をかけようとしてはっと息を呑んだ。
いつも寝ぼけたような顔で校門をくぐる沢田の顔が、今にも泣き出しそうに歪んでいたからだ。
「どうしたの」
誰かに何かされたのだろうか。いや、そういえば先週末から何となく様子がおかしかった気がする。
沢田の顔を覗き込み焦った口調で問いただすと、彼はへの字に眉を寄せて言った。
「御免なさい・・・俺、お弁当忘れてきちゃったみたい・・・」
深刻な声で発せられた言葉に一瞬唖然とし、がっくりと力が抜けた。・・・あまり人を心配させないで欲しい。
「・・・いいよ、後で風紀委員に何か買って来させるから、君は手ぶらで来れば」
「ツナさん」
足元から聞こえる高い声に僕らは一瞬顔を見合わせて、同時に声がした方を見下ろした。
「イーピン!」
小さなおさげ髪の子供が、沢田のスラックスの裾を掴んでいた。そういえば彼の家でよく見かけるが、夏休みに僕が遊びに行った時には姿を見せなかったような気がする。
子供は両手に一つずつ持っていた弁当の包みを、沢田に差し出した。
「ツナさん忘れ物!イーピン、お手伝い!」
「あ、ありがとう!」
沢田は屈んでそれらを受け取ると、子供の頭を撫でた。そういえばああやって僕の頭も撫でていたと思い出し、苦笑が漏れた。
と、ふと子供の視線が沢田から僕へと移った。
子供はそのままじっと僕を見つめると、突然その広い額に変なマークを出現させた。
沢田はそれを見て顔を強張らせた。と思ったらその子の頭をがっと掴み、空の向こうに投げつけたのだ。
その彼らしからぬ突然の行動と、野球少年顔負けの投球であった事に驚き呆然と彼の背中を見つめていると、沢田は振り返ってへら、と笑った。
遠くで爆発音が聞こえる。
「すみません・・・彼女、恥ずかしくなると爆発するんです・・・」
女の子だったのか。・・・と言うか、沢田家の人間はどうも一風変わっている人物が多い。
ふと気が付くと僕をじっと見つめている沢田と目が合った。すると彼は不自然に視線を逸らした。
「イーピン、ヒバリさんの事好きなんですよ」
俯いてポツリと呟く彼に、僕はただ「そう」と相槌を打つ事しかできなかった。




prev next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -