■八月二十九日


今日沢田は補講を休んだ。
理由は「家庭の事情」らしい。
もっともらしい理由を付けてはいるが、あの男の差し金であることは明白である。

緊張しながら沢田家のチャイムを押したのが、昨日の十一時きっかり。僕は沢田と彼の母親の出迎えを受けた。
先日の手当てと毎週の弁当の礼を言うと、彼の母親は穏やかな笑みを浮かべて、僕を居間に通した。
僕と沢田と赤ん坊はそこで、子供たちと銀髪の姉はダイニングで昼食となった。(あのうざい子供が一緒でなくて助かった)
あの小さな口でそうめんをすする沢田は思いのほか可愛く思わず見入ってしまい、「何か付いてますか?」と不思議そうな顔をされてしまった。隣の赤ん坊には「お前の趣味、変わってんな」と囁かれた。
食後、母親は子供たちを公園に連れて行くと言い、赤ん坊と女はデートだと一緒に出て行った。
玄関で見送ると赤ん坊が僕にそっと耳打ちをした。
「うまくやれよ」
その言葉を聴いた途端、僕はこれまでに無いほど緊張しはじめた。
いや、別に疚しいことをしようと思っているわけではない。
今日はあくまでも後輩の家に遊びに来た先輩として・・・。
「・・・しますか?」
「は!?」
突然の質問に頭が真っ白になる。するって・・・するって何を!?見かけによらず積極的なのか?
ごくり、と生唾を飲み込む音が響く。
「い・・・いいの・・・?」
「はい。折角二人きりになったんだし。俺の部屋でいいですか?」
そう言いながら玄関の鍵をカチャリと閉めて振り返り、僕の手を引いてこっち、と二階へ連れて行く。
狭い階段を上っている間、心臓が激しく鳴り過ぎて口から飛び出そうになっていた。
部屋に入るなり沢田はベッドに腰を下ろし、「狭いけど」と言いながら足元から何かを取り出した。
それは、よくTVのCMでお目にかかる、ゲームの機械だった。
「チビ達がいるとやらせろって煩くて、落ち着いてできないんですよねー。ヒバリさん、やったことあります?」
「・・・いや、無い」
ああ、そういうオチかと、がっくりと肩を落とす。何というか、がっかりしたようなほっとしたような、複雑な気分だ。
でもまあいいかと思い直し、並んでベッドに座った。
そうだ、まだ早すぎる。やはり風紀委員としてはそのような風紀を乱す行為を自ら行う訳には行かない。せめて中学を卒業してから・・・。
沢田に教わりながら暫く二人でゲームを続けていると、彼が「喉渇きませんか?」と聞いてきた。
「飲み物持ってきますね」
と立ち上がった瞬間、沢田が足元のコードに引っ掛かり転びそうになったので、とっさにその腰を僕の方に引き寄せた。
と、気付けば彼の顔が間近にあり、僕らは自然と引かれ合う様にゆっくりと唇を合わせた。
・・・思えば、僕の手の位置が悪かったのだ。
舌を絡ませながら、彼の腰の辺りに手を置いていた僕はつい悪戯心を出し、シャツの中にその指を忍ばせてしまった。
「・・・ん」
その甘くて高い声を聞いた途端、今まで押さえていたものが体の中に流れ出してきた。
あともう少し、触るだけだと自分に言い聞かせ、上にいた沢田の身体を反転させベッドに押し付けると、その上に覆いかぶさり、もう一度唇を重ねた。
夢中になって口腔を貪り脇腹を撫でれば、何度も甘い声が漏れる。
その声をもっと聞きたくて、自分の体が反応するのも構わずに続けていると、突然窓がガラガラと開いた。
「ツナ〜っ!お父さん帰ってきたぞ〜!」
男の満面の笑顔が、僕と目が合った途端に固まった。
沢田を押し倒している僕と、
僕に押し倒されている沢田と、
窓枠に片足をかけたままの男は、
三竦みの状態で暫くの間動きを止めていた。
どのくらいの時間が経っただろうか、男は突然我に返って僕らの方にずかずかと歩み寄り、僕のシャツの襟足を掴んでべりっと引き剥がした。
油断をしていたこともあっただろうが、物凄い力だった。とても一般人とは思えない。
「俺の可愛い息子に何をするー!!」
そう叫んだかと思うとベッドに押し倒されていた沢田をそのごつい腕の中に抱きしめ、無精髭だらけの顔を寄せ頬ずりをした。
「かわいそうにツナ、怖かっただろう?俺が来たからにはもう安心だぞ」
「・・・あなた誰、沢田から離れなよ」
トンファーを構えて戦闘態勢に入る。
久しぶりに手ごたえのありそうな相手だ。
「お前は・・・雲の守護者だな。忘れたのか、俺は・・・ツナのおとーさんだ!!」
「何言ってるの、お父さんは僕だ!」
一瞬、三人の動きが止まった。
・・・あれ、なんか間違った・・・。

そのあと僕と男は窓から飛び降り激しい戦闘を繰り広げた。思わぬ好敵手に夢中になってトンファーを振るっていると、次第に沢田家から遠くなり、何時の間にか辺りは暗くなってしまっていた。
沢田の父親はふと顔を上げ、「夕飯の時間だ」と呟くと、西の方角に走り始めた。
小さくなっていく背中からは、
「ツナと奈々は渡さんからなー!!」
と言う叫び声が聞こえてきていた。




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