不完全な僕らの微睡



 朝目覚めれば心地よい温もりに包まれていることに気付く。彫刻のように綺麗な線を描いた彼の顔を眺めながら双眸を隠すように閉じられた目元がひどく幼く見えた。

 ああ、また何一つ残せないまま朝になってしまったのだと虚しい気持ちが押し寄せる。彼が隣にいて、彼の腕の中にいることは最大の幸せのはずなのに、どうしてだろうか。奥歯を噛み締めていれば彼の指先が頬に触れた。いつの間にか底光りする瞳がこちらを覗いていて、その視線はどこか怖かった。

「これで最後にしよう」

 彼にしては珍しく掠れた声だった。顔がカッと熱くなって、感情が波のように押し寄せる。

「結婚するんだろ?お前にだけは奪わせないって殺気ダダ漏れでイルミが伝えにきたよ」
「…兄さんにそう言われたから私たちはもう終わりなの?」
「これ以上一緒にいたらお互い辛いだけだ」

 感情が爆発してしまいそうな私を諭す様にクロロの声は優しかった。だからこそ嫌だった。親が勝手に決めた婚約者との結婚をもうずっと前から拒否しているのを目の前の男は知っているはずだ。

「どうして今更そんなこと言うの?わかってるよ、言われなくても!安定とか、平穏とか、永遠の愛とか、そんなものいらないよ!クロロが今側にいればそれでいいよ…!」

 起き上がって込み上がってきた感情全てを吐き出した。朝から大声を出したのに驚いたのかクロロは虚を衝かれたように目を見開いていた。呆気にとられたように動きを止めている彼が歪んで見えるのは、ボロボロと零れ落ちてくる涙のせいだった。とにかく怒りと悔しさで気が狂ってしまいそうだった。私たちが平穏とはかけ離れた所にいることは自分達がそれを選んだからだ、今更この場所から逃げたいとは思わない、逃げられるとも思わない。だけど怖かった、彼をすぐに失ってしまう様な場所は恐ろしかった。連絡が途絶えて、姿を見せなくなった際にはどこかで野垂れ死んでいるかも知れない。考えるだけで胸が押しつぶされてしまいそうだ。彼が言っているようにこれ以上一緒にいたら苦しいだけなんて分かりきっている。でも、それでも一緒にいたい、こうやって彼の腕の中で朝を迎えたいと思うのはいけないことだろうか。私はそこまで欲深かったのだろうか。

「…クロロなんて、大嫌い、だ…っ!」

 制御できない感情というものは扱いにくい、『くだらない、お前は血迷ってるだけだ』と兄に馬鹿にされようが私は自分の気持ちに正直でいたかった。

 溢れてやまない涙を手で押さえつけていれば、冷たい指先が両手に触れて覆われる。そのまま引っ張られて彼の顔が見えれば、心臓が痛いぐらいに揺らいだのだ。ククッ、と押し隠せぬように喉を鳴らして笑うクロロの口元は笑いに震えていて、細くなった目元には優しげな皺ができている。今までに見たことのないほど無邪気な笑みが、身体中の筋肉を和らげていく様だった。人の泣き顔見て何笑ってんだこいつ、とぼんやりと考えたが繋いだ手が暖かく、こんな無防備なクロロを目の前にして何も言えなくなってしまった。

「ふっ、悪かったよ、大嫌いなんて言われたらショックだ、取り消してくれ」
「笑いながらいう事じゃないよね」
「もうふざけた事は言わないから機嫌を直してくれよ」

 頬を膨らませていればリップ音がする程度の軽いキスが降りてきた。込み上げる淡い想いが溢れて、血と共に身体中を巡っていく。求めるように覆われた手を握り返せば、彼はもう先程のように無防備に笑ってはいなかった。けれど代わりにゆったりと唇が触れる。繋ぐように、お互いの中にある細い糸を探り出すように深く、その熱で脳髄まで満たされていたい。



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