過去を食い破ってくれよ



「ナマエが宿儺と戦ってた時目が死んでたよ」

 こいつは毎回失礼なこと言う男だ。やっと任務を終えて高専に送ってきたというのに、喫煙所にまで顔を出してくる。実際に吸うわけでもないくせに、タバコを咥えている様子を眺められ答えたくないようなことばかり問いかけてくるのだ。

「あー…確かにそうゆう時の顔は兄さんに似てるって言われましたね」
「お兄さんいたんだ?どんな人?」

 途端に声色を上げて興味津々そうに顔を覗いてくるが、この男は私のことを探りたいだけだ。この世界には存在しない能力を持ち、なぜ補助監督なんてやっているか。私が人間の敵にならないような存在かどうか。

「殺し屋」
「ぶっ、それめっちゃ面白いね」

 別に嘘じゃないんだが、わざわざ言い直すことはしない。彼は私が暗殺一族で育ったのだと知れば私を殺すだろうか、いや殺すだろうな間違いなく。

「で?他に兄弟は?」
「え?あぁ…あとは弟が4人いますけど」
「へーえ男ばっかり!大家族だね、楽しそう」
「楽しいなんてもんじゃないですよ、地獄なんですよあそこは」

 過去の情景が波が押しせるように蘇ってくる、吊るされて鞭打ちされ、電流で体が痺れて、毒で神経が麻痺する、痛みさえも鈍感になってしまい、精神は溶けていく、あれは生き地獄だ。きっと兄さんは逃げた私に失望しているだろうな。

「ナマエは人を殺したことがあるんだね」

 何の変哲もなく放り投げられた言葉にピクリと眉が動く、こうやってどうでもいい話をしていると思わせて私の微かな表情や動きをよく見ている。

「ありますよ。虎杖くんには言わないでください」

 彼は真っ直ぐすぎるから。彼を見ていると自分がひどく汚れているように見える、醜く見える、実際にそうなのだとしても嫌なものは嫌だ。割り切れるほど私は強くない。

「言わないよ、そんなに僕口軽そうにみえる?」
「はい」
「あらら、僕はただ興味あるから色々聞いてるだけなんだけどなー、ナマエは僕に聞きたいことないの?」
「ないです、興味ないんで」
「ははっ、きっつ!」

 このニヤついた口元切り裂いてやりたいとつくづく思う。それともこの布の奥の瞳を抉り出して拷問でもしてやろうか。殺意が滲み出そうなのを押し殺して煙をゆっくりと吐き出した。

「じゃあ恋人は?」
「恋人、は………そうですね、いないですね」

 この間をこの男は見逃さない。わかってはいても指先が少し震えたのは、頭の奥で黒い瞳が浮かんだからだ。本を片手に闇の中で穏やかに笑うのは愛しかった人だ。

『クモに入れよ、ナマエ』

 しつこく何度も勧誘の言葉を断っていたけれど、私たちはずっと一緒にいた。闇の世界で、共にあったのだ。胸の奥ですっかり乾き切っていたものにピシリピシリとヒビが入っていく。私はいつか彼を忘れる、忘れなきゃいけない。

 しかし、思考を引き戻されるように唇に触れた柔らかいもの。噛み付くように味わうように何度か触れたそれが離れれば、彼は珍しく笑ってはいなかった。

「そいつ忘れろよ、今すぐ」

 低く冷たい声がひび割れた胸を突き刺して、そこからジワジワと何かが滲んでいった。




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