欠けた牙で威嚇して2



 ここは洞窟?地下?薄暗くて真人の声が反響して聞こえる。頭の裏側からズキズキと抉られているような痛みに顔を歪める。口の中が乾いているのに喉は焼けるように熱い。全身がひどく気怠く、垂れ下がった手足をピクピクと動かすのが精一杯。気を抜けば重たい瞼が再び落ちてきそうだ、乾燥してパサつく唇を噛んで意識を繋げようとしていた。

「この細い手でたくさんの人間を殺してきたんだね、なのに呪術師と仲良くしちゃって…人ってそう簡単に変われるのかな?それとも償いのつもり?まさかそんなことで許されるなんて思ってる?」

 本当によく喋るガキだな。声色は明るいというのに、言葉は脳を切り裂きそうなほど鋭い。

「……思ってるわけないよ、呪霊がわかったような口を聞かないで」

 真人の骨張った手が私の手を握りしめて、指先を撫でつける。人間の真似事でもしているのか、その手を切り裂いてやりたかったが今はまだできない。

 私の罪が許されるなんて思ってない、でもだからといって死ぬつもりはない。一生抱えて生きることに意味があると思っている。死んだら地獄行きなんだよ、そんなのはもう覚悟の上だ。なら今できることをしないと、残せるものを、愛せるうちに。

「俺はさ、君のこと気に入ってたんだよ。クソデカい呪いを持っていたし人間のくせに俺達みたいな狂気を感じた。でも君の中に呪いはもうないし…君自身の呪力はクズ、興醒めだよ」
「じゃあなんで殺さないの」
「俺は弱い奴に興味なんてないけど……君の中のもう一つの魂を呪いにしたら五条悟はどんな顔するかなあ」

 ドクリ、と心臓が痛いぐらいに大きく跳ねて、全身から嫌な汗が滲み出る。

「君たち結婚したんだろ、おめでとう!お祝いに君たちの子供を呪いにしようかなって思ってたんだ。俺と同じで人間の腹から生まれる呪いだよ、ゾクゾクするよね。もちろん生まれるまで君の面倒はちゃんと見てあげるし我儘だって聞いてあげる。その子が生まれてからは選ばせてあげる。自分で我が子を殺すか、それとも我が子に殺されるか…最高のお祝いになるね」

 興奮しきった目で真人は大きく口を開けて笑う。腹から笑いが込み上げてどうしようもなく楽しい、と嘲笑している。肩や指先が震えて、全身が熱くなるのを感じた。担ぎ上げていた私を横抱きにすると真人に優しく抱きしめられる。子供を宥めるように背中を摩られて、耳元に寄せられた唇から囁くような声が鼓膜を揺らした。

「どうしたの?怖い?君は喜ぶべきだよ…呪いを孕むなんてこの上ない喜びだって泣いて喜べよ」

 震えた唇から堪えられなくなった笑いが溢れて、次第に大きなものになった。喉をひくつかせて彼の腕の中で笑っていれば、真人は少し目を丸くして「もしかして、壊れた?」と首を傾げる。息を吸い込んで込み上げる笑に区切りをつけた。

「恐れるのはお前の方だ」

 体を纏っているオーラはこの男には見えないだろうが、呪力を混ぜた龍頭戯画は別だ。真人が能弁を垂れている間にオーラを練って顕現させていた光の龍が渦を巻くように私たちを囲んで、真人に牙を剥いた。

「式神?いや、違うな…呪力はクズなのに術式みたいなものが使えるのか!」

 龍が迫ってくるというのに嬉しそうに顔をぐにゃりと歪める様は確かに同類と言っても否めない。こんなクソガキと同じなんて反吐が出そうだが。龍頭戯画が押し寄せて、激しい衝撃と突風に呑まれたかと思えば私は既に龍の上にいた。「ありがとう」と鱗を撫でれば嬉しそうに擦り寄ってくる。この念能力、龍頭戯画は私の一部であり、お爺ちゃんの遺産でもある。多分まだお爺ちゃんは死んでいないと思うけれど、生涯現役と服に括り付けられた文字が懐かしい。

「毒も大して効かないし、身体能力も飛び抜けている、おまけに術式のような能力!教えてよ、君は一体何者なんだ?!」

 体の半分をもぎ取られた真人は痛みに震えていたわけではない、好奇心で溢れかえった顔で私を見上げていた。流石にその光景には背筋が凍りついたが、彼の後ろに一点の光が見えた気がして、ふっと頬を緩める。

「念能力者だよ」

 真っ暗な洞窟の中で、微かな光を求めてひたすらに飛び進んだ。小さな光はやがて大きくなり眩しさで目を眇めた瞬間、全身が光に包まれた。

 一気に気温が増したのは太陽に近い空中を浮遊しているからだ、真下に見える建物はよく知っている高専だったのだ。一体あの空間はなんだったのかと周りを一巡したが、さっきの空間に繋がる道はないように見える。追手の気配もないので大きく息を吸い込んで吐き出した。

「体鈍ってる、こんなんじゃお爺ちゃんに怒られる」
 
 いくら毒に体が慣れてきてもすぐに全開では戦えない、以前の私だったら構うことなく突っかかっていただろう。そうできないのは守るものが増えたからだ。

(今日のこと悟くんには死んでも言えない)

 きっと彼が知ったら今すぐ育休を取らざる終えない。しかしタイミングが良いのか悪いのか、ポケットのスマホが振動した。画面に映し出される五条悟の名前に眉を寄せながらも通話ボタンを押した。『あ、もしもしナマエ?今何してる?今日は帰るの遅くなるかもしれないんだ』と電話口で聞こえた声に体の内側から安堵感が押し寄せた。彼からの電話は仕事中であろうがしょっちゅうかかってくる。「今どこ?」「近くならお昼一緒に食べようよ」「今日早く終わったからそっちいってもいい?」と急用じゃないことがほとんどだけど、それが少し嬉しかったりする。


===


「な、なんだあれは!?」
「五条先生、なんか龍が飛んでんだけど!」
「は?龍?」
「なんかドラゴンボールみたい…願い事叶えてくれんのかな」

 帳を打ち破り、高専内の敵を一掃したというのにまた新手か。悠仁と葵が見上げる先、高専の上空を漂っていたのは金色の光の尾を引く龍、確かに龍のように見えるが、光の塊のようにも見える。だが呪力はほんの少ししか感じない、そしてこの呪力の流れに見覚えがあった。

「先生、今電話してる場合?ちゃちゃっと倒してきてよ」
「まぁちょっと待ってよ、一応確認ね。あ、もしもしナマエ?」
「確認?ってナマエさんに電話かよ!」

 電話越しの彼女の声はいつもより少し枯れている、それを悟られないように声色は明るい。やっぱり何かあった。でないと彼女が念能力をこんなに大胆に表すことはない。僕さえ見たことがなかったのだから。

「今何してる?今日は帰るの遅くなるかもしれないんだ」
『家でテレビ見てる。そうなんだ、わかった』
「ふうん、テレビねえ。嘘つくんだ、ナマエ」
「ゲッ……悟くん」

 一瞬で彼女が漂っている上空に飛んで目の前に現れてみれば、彼女は顔を引き攣らせスマホを危うく落としかけた。服は補助監督用の黒いスーツを着ているし、休みだと言っていたのも嘘か。非常に面白くない。先程の襲撃で補助監督や呪術師が何人か殺されているのだ。もし彼女が敵の襲撃を受けてこの状況になっていたらと考えるだけで自分を見失いそうだ。

 彼女は元からどれほど危険な事に巻き込まれようが顔色を変えないし、肉を抉られようとも痛くも痒くもないから平気だと泣き叫ぶこともない。しかし心の内側に触れられた時だけ子供のように泣く。ボロボロと肩を震わせて涙を零す。もし、誰かが彼女の心の内に触れることがあったら。もし、彼女とお腹の子供が危険な目にあったら。体の内側から沸点を通り越して煮え立つ感情が今にも溢れかえりそうで、握った拳が震えた。

「俺がどんな思いでいるか、少しは分かれよ」





つづく


(一話完結の番外編のつもりが、続いちゃってる)



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