欠けた牙で威嚇して



※京都姉妹校交流会

「ナマエさん、今日非番じゃありませんでした?」
「そうなんだけど、おじいちゃんに呼び出されちゃって…」
「おじいちゃん?」
「楽巖寺学長だよ」

 補助監督の同僚の男は分かりやすく青ざめてから「ナマエさんお孫さんとかだったりします?」と声を顰めて話すので笑いながら首を振った。

「まさか。ちょっとお世話になった事があってね、こうやって非番なのに呼び出されるし面倒な間柄なんだよね」

 今日は京都姉妹校交流会のため忙しない気配をたくさん感じる。悟くんは学長と関わりがある私を会わせないために今日は絶対に休めと煩かったから休みの希望を出していたが、おじいちゃんに直で呼び出されたら会いに行かないわけにはいかない。後で悟くんの機嫌が悪くなるのは目に見えているので彼には何も言わずにここにいるが。

「面倒な間柄って一体なんで」

 同僚の言葉が言い終わらないうちに彼の頭が遠くに飛んでいった。血飛沫が上がる前にオーラを纏おうとしたがタイミング悪く胃から込み上げた吐き気に思わず口を手で覆う。気を取られた数秒の間に既に肩に筋肉質な腕が回り込んでいた。胸がざわめき、額に汗が流れる。

「いるかな、って思ってたら本当にいたね」

 耳元で優しく囁くように響いた声、確か真人とかいう呪霊だった。なんでこいつが高専の敷地内にいるんだと考える暇もない、一瞬の隙を作ったのが命取りだった。視線の先で竹林を覆う大きな帳が見えて、唇を噛み締める。

「あれ?確かに前は呪いが中にあったんだけど……残念だなあ、パンドラの箱みたいで面白かったのに」

(まずい、こいつに触られると!)

 残念そうに真人が目を細めた瞬間、ぐらりと視界が揺らいだ。

===


 そろそろ悟くんが帰ってくる時間だと思って食事の準備をしていたらインターホンが鳴った。悟くんは自分で鍵を開けて入ってくるから宅配かと思ったが、画面を見れば玄関の前に立つのは紛れもなく悟くんだ。何やら買い物袋をたくさん持っていて「手使えないから開けて」とご機嫌な顔で笑っている。

「たっだいまー!」
「おかえり、その荷物どうしたの?」

 返事もしないでニヤニヤしながら彼は改装中の子供部屋に足をすすめて荷物を置いていく。まさかと思ったが袋をよく見てみるとベビー服のアパレルブランドのロゴが刻んであった。最近私がスマホで調べていたちょっとお高めだけど生地や素材、デザインにこだわりのあるブランドだったのだ。誰かから聞いたのか、もしくは勝手にスマホを盗み見たのか、悟くんに知られたくなかったのはこうなることが予想できたからだ。まだ性別が確定しているわけではないから洋服を買うのはもうちょっと待とうね、って話したばかりなのに。

「悟くん、性別が分かるまで買わないんじゃなかったの」
「だってナマエが男の子って言ったんだよ?」

 重めの声色で問いただせば予想外の言葉が返ってきた。
 
「あれ、私のこと信じるの?」
「当たり前でしょ、何言ってんの」

 床に座り込んで「この最強って書いてあるロンパース見てみてよ、僕の子に相応しいよね、刺繍入れてもらっちゃった」と嬉しそうに包みを開け出す彼の背中にもたれて、首に手を回せばやっぱり心地よい体温が伝わってくる。部屋を一巡すれば改装中だというのにこの部屋は物で溢れかえっているのが見て取れる。夜蛾学長から貰う可愛らしいぬいぐるみは毎月毎に増えていく、七海さんから貰った水彩画が綺麗な海外の絵本集、伊地知さんからの赤ちゃんに優しいベビー用洗剤やオーガニック用品、補助監督の同僚達からのオムツタワー、生徒達からの安産祈願の大きなお守りと赤ちゃん用のサングラス。みんなに見守られてこの子は生まれ、これから生きていくのだと思うと胸の中でじわじわと暖かい感情が滲んでいく。

「どう?可愛い?嬉しい?」
「うん、嬉しい、ありがとう」

 ぎゅっと彼を抱きしめて首に顔を埋めれば「前から抱きしめたい」とあっという間に膝の上に座らされる。前から優しく抱きしめられれば体は安堵感で満たされて筋肉が解けていくように力が抜ける。

「ねえ、そろそろ育休取ろうよ、お願い」
「まだお腹も大きくないのに、心配性だなあ、悟くん」
「そりゃあそうでしょ、心配だよ、ものすごくね。なんで伝わらないのかなあ、頑固な奥さんで参っちゃうよ」

 悟くんはわざとらしく大きなため息を吐き出して、肩を竦める。わかってるよ、伝わっているよ、苦しいほどにね。時々幸せすぎて、窒息してしまうんじゃないかと思うぐらい喉の奥が苦しくなって、ここは現実なのかなって気がする時がある。彼は私をこの平穏な日々の中に置いておきたいのだ、なるべく切り離して、夢のように笑っていられる世界に。

『大事なものがあっという間にゴミへと変わる』

 それでも血生臭い現実から私は逃げたくはないのだ。悟くんだけこの場所に置いて行ったりなんかしない。その大きな背中を守るのも、この小さな命も守るのも、私だ。

===



 身体が揺れている、微かに開いた視界の先も揺れている。どうやら誰かに担がれているようだ。ここはどこだろう。頭も身体も鉛の様に重い。

「もう起きたんだ?おかしいな、人間だったら3日間は起きない量の毒をぶち込んだと思うんだけど」



つづく




prevnext BACK


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -