ぬかるみに沈んでいく



「呪具持てば呪いを祓えるのに、わざと役立たずのフリをしてるだろ。ナマエならすぐ一級まで上がれるよ」
「呪具なんて陰気くさいもの苦手なんですよ」

  五条さんの蹴りが横から降りかかったがすかさずギリギリの線で屈み込む。体を地面に近づけたが次の行動に移す準備はできている。空振りの勢いで前のめりに倒れた体の下に既に私は躍り込んでいた。顎を拳で突き上げようとしたが間一髪で彼は顔を逸らす、この距離で避けられるなんてさすがは最強、術式頼りばかりではないらしい。だが呪術を使わない奴に、しかも近接で私が負けるだなんて考えられない。続けざまに脇腹目掛けて横蹴りを入れれば彼は小さく呻き声をあげてすぐに私から距離をとった。

「凄まじいねえ。ナマエの力…念だっけ?」
「貴方が術式を使わないなら私も念は使いません」
「使わなくても僕をボコボコにできるって訳か、面白くないね。その念ってやつは術式みたいに特別なことができるの?」
「ええ、できますけど」
「みせてよ」
「絶対嫌」

 最近気づいたことだが念に少しだけ呪力を混ぜれば呪いに対抗できるらしい、だから実際呪具なんて物がなくても祓える訳だが…特級に領域展開でもされたら流石に敵わない。何か手を考えないとと思っていた。しかし念が呪いに通用するようになったとしても術式を使われてしまえばこの男には勝てない。それほどこの男の術式は規格外の脅威、念でいえば特質系の最強クラス。

「でも呪力が少しだけあるね。元々呪力は持ってたの?」
「そんなわけありません。最低限必要な分を変えてるだけで………喋りすぎました、そろそろ再開していいですか」

 ニヤッと五条さんは唇を釣り上げて「やっぱり」とほくそ笑む。つい口が滑って色々喋ってしまったことに深く後悔した。私は変化系なのでオーラを呪力に変えることができる、普段は呪いを見て結界を張るぐらいの呪力があれば十分、やろうと思えば呪力をもっと増やせるが、わざわざオーラを呪力にしなくても念能力で戦えるのだ。自ら手の内をぺらぺら喋ってしまった。本当にこの男は鋭くズル賢い、最初から喋らせる気でいたのだ。薄笑いを浮かべているのに非常に癪に障る。
 
 感情のままに地面を蹴って高速で跳びかかれば膂力のある腕で防がれる。流石に練をしていないとどうしても力負ける。肉体戦では体が小さく力が弱い女は不利だ。しかし大柄の男を相手にするのは慣れている。間合いの取り方、相手の呼吸を読むことに集中していれば簡単に懐に入れる。彼から振りかざされた拳を肘で軌道変更させ、持ち前の柔軟性と速さで重心を変える、この重心の変化を拳に伝達できれば力が弱い私でも相当な威力を持つ一発になる。限りない高揚感で満たされ、見える世界が恍惚に輝いている。ゾクゾクと痺れるような感覚を感じたのは久しぶりだ。

(殺れる!!!)

 欲望が脳天めがけて突き上がった瞬間、彼の顔面に拳を叩きつけようとする自身の右手に込められたオーラの存在に気付いてしまった。まずい、このままだと彼の顔どころか、頭まで粉砕してしまう。いくら五条悟といえど術式なしで戦っている今なら可能だ。勢いを増した右手が彼に到達する前にオーラを纏わせた左の手拳で右腕をへし折った。

「ぐぅっ…」
「は?」

 自分の攻撃を自分で受けるというのは屈辱的だ。右腕は不自然な方向に曲がっているが、咄嗟のことでこうするほか無かった、これぐらいで済んだ方を喜ぶべきだ。

「馬鹿だろ、いきなりなにしてんの」
「近づかないで」
「はあ?意地張ってる場合かよ」
「触るな」

 上から伸ばされた手がピタリと止まれば、彼は口を閉じる。彼は呪術を使わない、私も念能力を使わない筈だったのにズルをしたのは私の方だ。殺そうとしたのだ。欲望で満たされた体が彼の頭を確実に潰そうとした。

『殺しに興奮してるだろ?』

兄の言葉が頭を揺らしはじめて途端に吐き気がした。最悪な気分だ。頭を抱えて叫び回りたい。髪を全部むしり取ってしまいたい。

 この場から消えて無くなってしまいたい。



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