山の妖【300文字】
もし、と呼びかけられて男は振り向いた。
山道の暗がりから、女が顔を伏せるようにして現れた。
「もし、お侍さま。これを持つ男をご存じではありませんか?」
すすり泣くような、哀れな声を出しながら女が何かを差しだす。
よく見れば、口紅の赤が艶っぽい若い女だった。
差しだされたものを見ようと首を伸ばしてみると、女の白く華奢な手に乗っていたのは人間の眼球だった。
「あ、妖め!」
刀に手をかけると同時に女が顔を上げ、暗い眼窩を晒した。
「お前の目玉をおくれ!」
老女のようなしわがれた声が響き、女の爪が伸びて男の首を切り落としてしまった。
もし、と山道で声をかけられても返事をしてはいけない。
山の妖が目玉を欲しがっている。
<了>
企画小説酸欠様:『300文字企画』提出作品
作者:藤森 凛