貞明にもう会いに来るなと伝えた時、私がどれだけ辛かったか。その心を打ち明けたのは業平にのみだった。業平は私が初めて貞明に会った時から、私が彼に抱くであろうその思いに気が付いていた。そして、私が自らこの結果を招くだろうと言うことを。

『きくり!』

傲岸不遜で、偉そうで、我が強くて。そんな彼を愛おしいと思ってしまった。そんな彼に、年甲斐もなく恋をした。けれど、貞明とこれからも業平のように付き合っていけば、いずれは、私のこの物の怪の体に気づいてしまう。この恐ろしい、おいという概念を知らないこの体に。

ならばいっそ。

『あなたももう、十五なのですから。』

もう、御簾に入ってはいけません。

「ほら。」
「……なんですか。」
「貞明さまから。」
「……」

そう。ありがとう。

淡白に返事をした。陽成が宇多に譲位してから、私への縛りはますます固くなった。部屋の前に万人が付き、局どころか、御簾から出ることもかなわなかった。宇多は私を恐れていた。

「何回もね、」
「……」
「あいつも手紙を書いていたようなんだけれど。」
「……そう。」
「どの手紙も君には届かなかったようだね。」
「……そうね。」
「……どうかした?」
「……いいえ。」
「……手紙に何か書いてあった?」
「いいえ。」
「…きくり、」
「いいえと言っているでしょう!!お帰りなさい!!」

手紙を開いたその手が震える。瞼が震え熱いものが零れだした。ぱたり、ぱたりと音が落ち、じわりと和紙に広がった。

【私は今幸せです。】

そう。そう。よかったわね。

「……勘違いしないで頂戴。業平。」
「……」
「うれしいのよ。あの子が…あの子がやっと、幸せになったんですもの。」

そう。これは嬉しいの。嬉しいの。嬉しくて涙が出るの。
日を追うごとに殺伐として、元常にあらぬ嫌疑をかけられて、毎日死んだような瞳をしていた、あの人が、幸せだと言って笑えるようになったんだもの。

「……嬉しいようには見えませんよ。」
「そう。」

そう。業平。あなたにはそう見えるの。
そうね。私、最低な人間だもの。

綏子さまと貞明が不仲だと聞いて、いまだ初夜も済ませていないと聞いて、最低な私は彼がまだ幸せでないのだと考えて、嬉しかったの。ああ、綏子さまにも、彼を幸せにはできないのだと。嬉しがってしまっていたの。

幸せになってほしかったの。
でも、私以外の女と、幸せになってほしくなかったの。

「私が……、幸せにしたかった、」

私を抱き締めるその手の温度、冷たくて落ち着くその温度は最後に見過ごしにふれた彼の温かい手とは違う。彼に恐ろしがられるのが怖くて彼を突き放した。私にまで裏切られたと、辛く涙を流したような彼に、私は手を握ることしかできなかった。

せめて彼の記憶の仲だけでは、
美しくありたかった。

本当は、私が幸せにしたかった。
本当は、一緒に、幸せになりたかったの。



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