昔から私は不遇のみであったとは思う。けれどそれは私の立場のためもあるが、多くは私自身の性格が、人の恨みを買っているのだろうと綏子に出会ってから思うようになった。だが、見方がいないと思っていた私にも、昔はたった一人だけ、見方がいた。皇族にかくまわれているめったに人が合うことはできないきくりという女だった。

初めて会ったのは私が十の時、即位して一年が過ぎたころだった。あれから十年余りがたつが、あれほど、私の記憶に鮮明に残っている女はきくりのほかにいなかった。

私をそこへ連れて行った、くされ中将、もとい在原業平はミスを超えることは許されなかったが、私は幼かったせいか、御簾ごしに出会うことができた。

きくりは私が持っていなかった全ての物をくれた。頭を撫でてくれたし、抱き締めてもくれた。私はあのころ、きくりに初恋の念と言うものを抱いていたと思う。

しかし私が十五になったころ、御簾を超すことは許されなくなり、さらに上皇になれば、会うことは敵わなくなった。

『あなたさまも、もう十五。幼子ではありません。』

御簾に入ることを会うことを許されなくなったあの日、確かに俺はつらくて、悲しくて、そして同時にきくりのことを何も知らない自分に腹がった。姓のこと、歳のこと、生まれた日付、好きな花、好きな食べ物。訪ねる機会はいくらでもあったのに、俺は何もきくりのことを知らなかった。

『あのお方は長く生きてらっしゃいますからね。』

業平の方がきくりのことをたくさん知っていた。きくりとの付き合いも私とは比ではなかった。それが悔しかった。きくりが、俺の初恋だったからだ。

きくりは理由は知らぬが、皇族の宝だった。厳重に匿われていた。あらぬ噂を立てられ追放された俺が、会えるはずもなかったのだ。

手紙も、偶に届けられた間に返事が届くだけ。

「貞明さま……」

綏子と思いが通じた。綏子は私に再び愛をくれた。私も綏子を愛した。久しぶりに、聞くりに、あのもう顔も思い出せない、しかしどこまでも美しかった彼女に、手紙を書いてみようと思った。

美味いことは言わなくていい。俺にとってきくりは恋人でも、女でもない。ただの昔の、友人、初恋の相手だ。

ただ今自分は幸せであるのだと、伝えたい。

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