長く長く生きてきた。生きる中でたくさんの人間に出会った。代々の皇族にかくまわれて生きてきた私は多くの権力者、多くの知識人と出会った。素晴らしいと思う人間も致し、なんて愚かなのだろうと、思う人間もいた。その中で、私が一番愚かだと思った人間たち。平安の都の中で、恋に身を費やした。そのものたちだった。

「きくりさま。お客様ですよ。」

侍従たちは私を嫌う。清和は私の侍従を一年ごとに返るようになった。老いない私を彼女らが気味悪がる。それを感じて私に気を遣ったつもりでいるのだろう。

「そう。お通しして。」
「けれど…」
「なに?」

御簾の外に問いかければ、帰ってきたのは彼女の声ではなく、優雅に局に上がりこんでくる、艶やかな男だった。御簾越しに見える優美な動き。さ、と扇を広げ顔を覆うように広げた。

侍従が少し声を上げて離れて行った。

「どなたさま?少し不躾ではないかしら。」
「機嫌を損ねてしまったのなら謝りましょう。けれど私もまたあなたという花に引き寄せられた鳥なのです。」
「その言いよう…かの在原業平さまかしら。」
「おや、ご存じでしたか。」

えぇ。悪い意味で。心の中で返して少し体を後ろに引く。
在原業平。近衛府の花。色好みと言われるがしかし和歌の名人として名高い。御簾ごしで見たのも初めてだけれど、花と呼ばれるにふさわしい。優美な言葉遣い。流れるような動作。その一挙一動に目を奪われるのも無理はない。

「帝にかくまわれてると言って興味を持ったのですね。けれどあいにくわたくしが匿われているのは特別美しいからでも、寵愛を受けているからでもありません。」
「……こちらの考えなどお見通しですか。」
「そうですね。伊達に長く生きておりませんもの。」
「…それほどご高齢には見えませんが。」
「ふふ。いずれわかりますわ。」

そう、彼と軽口をたたきあったのが、五年前。そして今。私の目の前には幼い男児がいた。

「そう…この子が清和の息子。どことなくあなたに似てるわね。」
「……そうですか?」
「声が狼狽してるわよ。お気をつけなさい。」

さんざん悪戯し疲れて眠ってしまった陽成天皇はまだ十歳だという。彼の世話を高子に頼まれた業平が暇を持て余してここに連れてきたらしかった。

「しかし…そうね。この子は苦労しそうだわ。」
「えぇ。そうでしょうね。」

この子は自我が強く高子似だ。女の子であればしたたかに生きられたのだろうが、皇位を継承してしまったとなると、伯父の藤原基経に疎ましく思われかねない。

「でも子供を見たのは何年振りかしら……」
「相変わらず御簾の中に入るのは許してくださいませんか。」
「そうね。あなたには何されるかわかったもんじゃないもの。」
「陽成天皇は入ってるじゃないですか。」
「まだ子供よ。」
「けれど男だ。」
「……男の子、よ。」

不器用に貞明を御簾に入れたことを非難した業平はそれきりあまり私には会いに来なくなった。それは今思えば、貞明が成長した後での、私に芽生えたこの気持ちを、彼はどことなく察していたのかもしれない。

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