「ばあか!晋助なんて大っ嫌い!!」
ふすまを乱暴に閉めた俺の背中にヅラの名前を呼ぶ声が聞こえた。あいつが悪いんだ。あいつが俺のおやつ勝手に食うから。それなのにまったく悪びれずにだったら名前でも書いておけときたもんだ。饅頭に名前書けるかよ!!
「りくと。」
「先生、」
俺が縁側でいじけていると後ろから追いかけてきてくれたのは期待した謝りに来た晋助じゃなくて尊敬するこの塾の塾頭の松陽先生だった。
俺の隣りに腰かけた先生の顔が見れなくて思わず立てた膝に顔をうずめた。おやつを取られたくらいで怒ったなんて恥ずかしすぎる。
「晋助は意地っ張りですからね。」
「……」
「なかなか謝れないんですよ。」
「知ってる。」
「言いすぎちゃったとか思ってるでしょう?」
大っ嫌いは言い過ぎたかな、なんてちょうど思っていた時にそういわれて少し驚いた。やっぱり先生は大人なんだなあと思って頷くと頭を何回か撫ぜられた。
「仲直りしたい。」
「りくとは優しいですからね。」
行きましょうと言って立ち上がった先生の動きに合わせて鈴が鳴った。ちりん、と涼やかな音だった。
「先生、鈴つけてんの?」
「えぇ。綺麗な音でしょう?」
「うん。」
懐から取り出した鈴はきらりと銀色に輝きながら涼やかな軽やかな音を何回か奏でた。
●
俺の家は江戸から近い。歩いていける距離だ。久しぶりに帰った屋敷は誰もいなくて閑散としている。最後に帰ったのは、何年前だろう。埃っぽい匂いに少しむせながら畳を歩くと文字通りほこりが宙に舞った。
「ん?」
何処にも変わりないじゃないか、ヅラは何であんなこと言ったんだと言えの中を一通り見て回っていると、私室の文机の上に小さな木箱が乗っているのが目に入った。そんなもの置いた覚えがない。不審に思いながらその箱を開けると、小さな鈴が入っていた。
ちりん、と小さな音が鳴る。記憶の音とは少し違っていた。
鈍色に光るそれは長い間放置していたせいか少しほこりをかぶっていた。
「せんせい?」
『先生、鈴いっぱい持ってんね。』
『えぇ、家族の形見です。』
先生、いるの?