塩味の水
あのときと同じように斉藤さんはそこにいた。
でもそれと違って斉藤さんはしっかりと立ってこちらをまっすぐに見ていた。
月明かりに透けてゆらゆらと揺れているように見える。
来た時の服に着替えていて白い布が風に揺れていた。
「……行っちゃうの。」
「あぁ。」
「そっかぁ。」
ゆらゆら揺れている斎藤さんの体はだんだんと実体が無い物になってゆく。それがどうしようもなく怖いものに見えてしまった。
斎藤さんが歩いてくる。
見上げると今にも泣きだしそうな顔をして私に握った手を差し出した。
「……?」
チャラ……
斎藤さんが手を開くとそこにあったのは、シルバーのシンプルな形のペンダントだった。
「先日の祭りの屋台で買ったものだ。」
ぐい、と斉藤さんが自分の着物の胸元を広げる。そこにあったのは、斉藤さんの手の中にあるペンダントと同じもの。
「持っていろ。」
私の手にもう一つのペンダントを握らせる。
ずっと手にあったせいかすこし温まっていた。
しばらくうつむいてじっと足元を見つめていた。月の光で土が白く見える。
ふと見上げると、斉藤さんがじっとわたしを見つめていた。眉を少し下げて、とても、とても切なそうな顔をしている。
きっと私も、そんな顔をしているんだと思う。
「……そんな顔をするな。」
斎藤さんが一緒にいれば、ずっと寂しかったのがなくなった。斎藤さんがずっと一緒にいてくれれば、きっとあんな思い、しなくて済むと思った。
会いに来るといって来てくれなかったあの人のことも、斉藤さんが一緒にいてくれれば、それだけで良かったの。
「私、斎藤さんのこと、大好きだよ。」
「……俺もだ。」
家族みたいだった。ずっと一人だった、冷たかったあの家が、暖かくなった。
大好き、だった。
ぎゅ、と抱き締められた。
暖かかった。
苦しくなった。
どきどきした。
「斎藤さん。」
「……あぁ。」
「斎藤さん。」
「……あぁ、ここにいる。」
行かないでなんて言えないよ。
斎藤さんを、困らせちゃうもん。
「あき。」
「……。」
「言いたいことがあるなら、言ってくれ。」
「……」
「……」
「……斎藤さん。」
「あぁ。」
「……行かないでよ。」
「……」
「……行かないでよ!!」
言いたくなかったよ。
言ったら困らせちゃうもん。
言いたいことじゃなくて、ただの、我儘になっちゃうじゃん。