線香の匂いが鼻を突く。白く塗られた壁がゆらゆらと揺れている様に見えた。一歩一歩歩く度それは益々現実から掛け離れて行く。


それはまるで額縁に入った絵のように。
それはまるで固く閉ざされた本のように。
それはまるで檻の中にいる猛獣のようで。


私はそれを一歩ひいて見ていた。遠くで誰かが泣いていた。

「あずき……」

私になにかを差し出すハルさんの手が震えている。軽く触れたハルさんのてがいやに冷たくて、は、と視界が厭に現実的になった。

渡されたのは所詮、布の固まり。でもそれは意味があった。

"幸福祈願"

そうか書かれたお守りの袋には小豆へ、と彼の筆跡でそう書いてあった。

動かない足を叱咤して進めれば、白い布を被せられた、確かにあの人。

"遊喜令"

なんてあなたにピッタリな名前なんだろう。あぁ、でもこんな風にあなたの姓を知るなんて、

そんな、

「なんで。」



小豆へ。

これを呼んでる頃はオレはもうアメリカだなぁ。黙っててごめん。オレ、アメリカの部署に留学することになったんだ。結構大出世なんだぜ?
オレ、小豆に言ったらほんとに泣いちまいそうだったから。
でもおれ、あの時小豆に声かけて良かったよ。
オレ小豆の事すきなんだ。
過去形じゃないのくらい許してくれよ。簡単に諦めきれるもんでもないんだ。未練たらしいって笑ってくれてもいい。だけど、自分勝手な賭けをさせて。
三年後オレが帰ってきて、それでもしお前がオレのこと少しでも考えられるようになったらその時は、オレがお前を奪いに行く。

じゃあまた三年後に。





夕日が赤い。明日は晴れるんだ。
ハルさんから受けとった令さんの手紙を読んだのは帰りの電車の中だった。何度も何度も書き直した跡があるその手紙は私の手の中で振動に揺れていた。


またひとつ。息が苦しい。


どうして、千尋さんなんだろう。どうして、こんな胸が焦がれるほど、あの人がほしいんだろう。


苦しい。
苦しいよ。


この苦しさを笑顔一つでとばしてくれるあの人はもういない。


18才の冬。
私を拾った令さんが死んだ。


千尋さんは来なかった。
結婚式の準備で忙しいのかもしれない。



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令が死んだ……!!


20110709








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