「#りくと#って弱いな。」
「そりゃ、強くないよ。俺は医者だから。」

いつだったか高杉にむっとすることを言われてそう返したのは戦争の真っただ中だった気がする。縫合の最中にそれを言われて気が散ったがすぐに視線を傷口に戻した。あ、出血が増えた。最悪。とも思った。

「いや、そういうんじゃなくて。」
「じゃぁ、なんだよ。話はあとな。」

糸をぱちんと切って体を支えて起こすとうっすらとけが人は目を開けた。

「お前さ、たとえば俺と敵同士になったらどうすんの?」
「はぁ?変なたとえ話は止めろよ。大体この状況でどっちかが天人の味方するとかありえないだろ。」
「現実的な話じゃねえよ。ただの例えだ。」

今思えば高杉は誰よりも俺のことを理解していて、俺の弱さ、コンプレックス、すべて見透かしたうえでああいう質問をしたのだろう。俺の答えを前もって見透かして。




笑いながら言った俺の答えをあいつはどう思いながら聞いていたのだろうか。はたして強い弱いのあの議論があいつにとって意味をなすものだったのかは疑問だが、その答えを聞いた時のあいつの珍しい、満足げな顔を今思い出してもどうにも笑えてくる。

「今日高杉が動くそうだな。」
「……お前は真選組の俺の前によくのこのこ現れるな。」
「なに、お前が俺を追いかけても捕まえられるまい。」
「うっぜ。」

ふたりと屯所に現れたヅラはふざけた口調だがどこか真剣な顔をしていた。今まで俺の立場を忘れ現れることはあったけれど、さすがに屯所まで来たのは初めてのことで少し驚いていた。

「で?何の用だよ。」
「行くのか?」
「あいにく具合が悪いもんでお留守番だよ。」
「嘘だな。」
「本当だよ。」
「具合は悪くないだろう。」

何年の付き合いだと思っていると俺の頭を少し小突くヅラは昔から変わらない。人の仮病をずかずかと見破りやがって。

「裏切るつもりか?」
「さあね。」
「はっきりしろ。」
「知らないよ。俺は裏切りたくないけどね。」
「理性と本能は違うものだ。」
「要するにいたことは?」
「伝言だ。」
「は?」
「『裏切っちゃえば?』」

誰の伝言かなんてわかりきったもの。そしてそれは俺の中で長年囁かれていた声だった。ちりん、と鈴が鳴った。

「……あれ。お前、鈴つけてんの?」
「あぁ。」
「なんで?逃げるとき不便じゃん。」
「こればかりは外せん。」
「なにそれ。」
「形見だ。」

とにかく伝えたからなと言ってヅラは天井裏に入っていった。あいつはどこから入ってきたんだ。

「あぁ、そうだ。」
「え?」
「たまには家に帰ってみることだ。」

顔を突き出してヅラは俺にそう言い残した。
まったくいつもいつもろくなことを言わない男だ。







siori