愛したあのひと
 

僕が吉継に出会ったのは彼が小学校六年生の時だった。僕がけんかを売ってきた奴らを一通り片づけた後、ふらりと通った公園で一人寂しそうにブランコをこいでいた。靴で足元の土を少し蹴り上げては足を戻し、また蹴り上げては足を戻していた。

先に話しかけたのは吉継だった。

『お兄さん怪我してるよ。』
『……なにこれ。』
『ばんそーこ!』
『別にいらないよ。』

こんな子供に心配された。自分が弱いと言われたみたいで少し腹が立ったけれど、『そんな子供』にわざわざ手を上げるのも少し馬鹿らしいと思った。だから言葉で断った。

『放っておくと菌が入って化膿してぐちゅぐちゅに……』
『……経験あるの。』
『うん。痛い。』
『そう。』

べつに痛いのは平気だけれど、何故かいらだちも腹立ちも収まってしまって素直に絆創膏を受け取った。
となりのブランコに座ると今度は僕の存在なんて忘れたかのようにまたはじめと同じく足をふらふらと揺らし始めた。

『こんな時間に何してるの。』
『……別に。ただ、なんとなく。』

ただ、なんとなくと言う返答には合わない表情。どこか大人びたその顔はどこか悲し手にゆがめられていた。

『なんかあったの。』
『……今日、俺の誕生日だったん、ですけど。』

子供にしては大人びている。その印象は正しかったらしく。子供の口から出てくるのはその身丈に似合わない滑らかな敬語だった。

『そう。』
『父さんも、母さんも、俺より綱吉がかわいいみたいだから。』
『双子なの。』
『うん。』

確かに。親は手のかからない子より面倒を掛ける子の方がかわいいと言う。吉継はあの時、無表情で大人びて、おそらく周りの子どもよりも一つ頭でて異様だったのだろうと思う。母、父が意識しなくとも、無意識に優先されるのは弟だったのかもしれない。

その時は淡白な返事をして別れた。名前も聞かずに別れたけれど、並盛に吉継が入学してきたときはすぐにわかった。双子であるという点、もちろん見目も。そしてなにより、その周りから一つ異なる、大人らしさ。

しかし吉継はあの時からは大分変った印象があった。よく笑い、よく話す。あの時は泣いていたとしても、あのどこかくたびれたような人生に疲れたような雰囲気はまるでなかった。

でもどこか、周りに必死に合わせているように思えた。

再び会った時、吉継はすっかり僕のことは忘れていた。僕のうわさは聞いているらしく、呼び出された時はさすがにおびえていたようだが、それも、周りの生徒と比べれば薄れたものだった。

僕は、吉継を応接室に呼んだ。話して、仕事を手伝ってもらった。吉継は優秀だった。成績は常にトップクラスだったし、部活の試合でも活躍していた。先生や生徒からの信頼も厚い。
対して弟の綱吉はダメダメだった。頭も悪い。どんくさい。弱虫で泣き虫。

吉継があのとき劣等感を感じ泣いていたのも理解できた。これだけダメな弟がいれば、両親は彼にかかりきりだっただろうと思った。だからといって、吉継のその気持ちを理解できたと言えばそうではない。いくら周りが綱吉に掛かりきりだとはいえ、それでも、勝っていたのは、吉継だからだ。

吉継と僕は仲が良くなった。友達になった。
僕にそんな意識はなかったし、吉継もそうは思っていなかっただろうけれど、今思い返して、僕と吉継の関係がなんなのだと問われれば、それは『友達』だろう。

知り合いと言うにはお互いを知りすぎていたし、それ以上というには互いに関心がなかった。

だからわかっていなかったのかもしれない。
僕にとって、吉継がどれほどの人間であったのかを。

それはただのきっかけだった。
どうして気が付かなかったのか、どうして忘れてしまっていたのか。初めて会ったあの日のことを、あの日の吉継のことを。全身で愛してほしいと訴えていた、あの幼い少年を、どうして忘れて、僕は、あれを口にしたんだだろう。

大切な人ができた。
愛した人ができた。

『恭弥って呼ぶの、あの子だけにしたいんだ。』

名前で呼ばれるのを拒んだ。別にそれが嫌だったわけではないけれど、自分の名前は特別なであったから、一番特別なその人に、その名前を読んでほしかった。

『おっけーおっけー。了解。』

笑ってそういって、あんたも人を好きになるんですねーと言って笑った。僕が馬鹿だった。『友達』という関係になってから使われなくなった敬語が、僕に向かって使われていると言うことに。それとともに、僕と吉継のたった一つのその『友達』という関係が、閉じてしまったことを。






「どうしてそんな命令を聞いたんだよ!!」


綱吉はいらいらして怒鳴りつけている。
何を言われても黙っている山本武に更にいら立つ綱吉は机に思いきり手をたたきつけた。こぶしが机にのめりこんでいる。

「俺の方が大事だったってわけ!?」

その問いに山本武は黙っている。
多分それは図星だったからではない。その質問の意味を真剣に今考えているからだ。

僕はその問いの答えを知っている。

僕にとって吉継は、『友達』で、それは綱吉が言ったように必ずしも、綱吉の方が大拙だったわけではない。僕にとって、友達だった、吉継。山本武にとっての、友達の吉継。沢田の両親にとって、息子であった吉継。

全ては、吉継の優しさだった。
吉継は優しくて、優しすぎて、不満を漏らさずに、人をなだめるその素質があった。そしてそれは人にとって空気のようだった。

傍にあるときは、その大切がわからない。
なくなってしまってから気づく。
それが無くては、自分たちは生きてはいけないということに。

「いいから早く吉継を連れ戻せ!!」

綱吉。僕はその命令を聞けない。
全身で愛してくれと叫んでいた吉継に、僕たちは誰も気が付けなかった。
多分、あの男は吉継を愛すんだろう。

そして多分、確実に言える。
それは、吉継にとって幸いだから。






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