椿のはな2
計画は慎重だった。俺がまず何食わぬ顔をして郭へ行き椿さんのもとへと通される。椿さんのいる部屋は上から二番目の階層。下から数えて三番目だ。俺が椿さんと会ったら、持っていった着替えに着替えさせ裏通りに面している窓から隣の郭の部屋へうつさせる。隣の店には先に徳兵衛が話をうち、部屋を指定できるようにしておく。
三人が揃ったら部屋で明け方まで待って、人通りがなくなった午前三時、窓から下へ降りると言うもの。そこまで難しくはない。
実際隣の店にばれないように飛び写ると言うことは成功した。そこで、ただいまは待つだけだ。
「ね、あきさん。」
「はい?」
徳兵衛がふすまの外で警戒をしている間に椿さんがヒソヒソ声で話し掛けてきた。
「あなた、女の人でしょう?」
「ぇへっ!?」
「ふふ、その声、少し間抜けよ。」
え。
「からだの話じゃないわ。あなたの心のはなし。」
毒舌が嘘のように優しげな声に代わり、椿さんの白い手が俺、いや、私の胸に触れる。女として見られたのは、ほんとうに久しぶりなことだった。唯一わたしを女と知っている斎藤さんとはあれきり会っていない。
「すきなひと、いるんでしょう?」
「……」
黙って椿さんを見つめれば、彼女はふふ、と笑って目を伏せた。長い睫毛はマスカラなんかなくても、くいっと上に長く延びていた。
「椿さん。」
「はい。」
「幸せに、幸せになってください。」
今度こそ。絶対に。
胸に当てられた手を握って、震える声を必死に絞り出せば、彼女も少し涙を浮かべながら、力強くうなずいて言った。
「はい。今度こそ。必ず。」
そういって笑った彼女は今まで見たどんな女の人よりも美しくて強くて、ああ、私はほんとうにこの人たちと出会えてよかったと、そして、心から、この二人のしあわせを願った。
それは遠い夢ではない。すぐに掴めるところに、ある。
筈だったのに。