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あらそのかんざし。前にももってらしたわ。
無粋なことは聞かないけれど、あの子に渡したいんでしょう?たまについてくるあの男装している可愛らしい女の子。あなた、あの子に惚れてらっしゃるのね。
「渡さないんですの?」
「いや……」
がらじゃない、なんて考えて渡すことを躊躇ってらっしゃるのね。
「大切な方になら、ちゃんと渡さなきゃいけませんわ。」
「……そうだな。」
いつもそばにいる方でも、いつまでもずっと傍にいてくれるとは限りませんもの。
「恋しい方ですの?」
「……そういうんじゃない。」
あらあら。見え透いた嘘、言うもんじゃないわ。外を見ながら月を通してあの子を見ている気がしますもの。
「あそこの八重桜……見えます?」
「あの木か?…桜だったのか。」
「えぇ。長いこと咲いてないですけれど。」
格子の窓の外すぐ側にある枯れた物寂しい木を指さす。
「あの桜…、もう咲かないといわれているんです。咲いたのを見たのは、あたしがここに入りたての頃……もう十年も前になるかしら。」
「………」
『この桜が…』
「『この桜がもう一度咲いたとき、俺が此処からお前を出してやる。』」
「え?」
「あの桜が咲いた十年前、若衆の男の一人はあたしに言いました。」
「……だが」
「そう。あの桜は咲かなかった。」
「……騙されたのか?」
「分かりませんわ。十も年下の女児のために命を懸けるとも思えないし、そうかもしれません。でも……」
あぁ、あの男はどういう顔だったかしら。
ここが嫌で嫌で仕方がなくて、逃げ出そうとしたあたしを捕まえてそれでも愛おしそうにあの桜が満開に咲き誇ったのを見ながら愛おしそうにそう言った。
「でもあたし、あの人を愛してるんですの。」
「それを俺が楼主に言った時のことを考えないのか。」
「あなたはいいませんわ。きっと。」
それに、土方様。
遊女に禁止されているのは愛ではありませんの。
遊女に禁止されているのは
人に、恋することです。
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20111214