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椿姉さんが殺された。姉さんはお客と恋仲になってしまったから、きっと足ぬけしようとして遣手に見つかったんだ。恋仲の相手の徳兵衛様は大商人でもなし、お武家様でもなし、見受けの借金を払えるほどのお金も払えなかったのかもしれない。だからふたりで逃げようとした。

「禿を呼びなんし。」
「貴音、まだ巳の刻だよ。眠らなくていいのかい。」
「昨日のお客様は用事とかで早々に。」

昨夜の客は椿姉さんの常連だった。でも椿姉さんは足ぬけしようとして捕まった後だから、夜見世で目に留まったわあたしを買ったらしい。

「衛門さまかい?みんな噂してるよ。次の太夫は貴音だってさ。」
「椿姉さまにはかなわない。あたしは田舎上がりの中途半端さ。」

椿姉さまは完璧な太夫だった。美しかった。教養もあった。漢文も和歌も茶道も華道も。この島原で姉さまにかなう女なんていなかった。それでも椿姉さまが太夫になれたのは衛門様のおかげだった。

椿姉さまは完璧だったけれど、客を選ばなかった。恋人の徳兵衛様のように貧しい方も構わずにお客をとった。その中で、大商人の衛門様が椿姉さまの常連になって、椿姉さまの格は益々上がった。だからこそ、先代を抜いて太夫になった。

「太夫にはなれないさ。」
「え?」

禿が来てあたしの髪を梳く。

あぁ、そうだ。

「姉様の髪はきれいねえ。」
『姉様の髪ってとてもきれい。』

あたしがまだ禿だった時、こうして同じように椿姉さまの髪を梳いたんだ。まだ三年位前のことなのに、ずいぶん遠い昔のように感じられる。

ただ艶やかさが蔓延する暗い世界で吐き気をこらえて生きていた私にとって、まさに椿のように可憐な姉様はいつも私の太陽だった。

「禿。」
「はい。姉様。」
「椿の花は知っている?」
「はい。とても可憐な花です。」
「散るところは見たことはある?」
「?いいえ」
「そう。」

椿はね、花びらを散らさずに根元から落ちるの。
まるで頸を落とすかのように。




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20111214





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