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火事と喧嘩は江戸の華というけれど、この島原でけんかはご法度だった。島原は女を買う町であるからである。店で喧嘩をしようものなら若衆に始末されるし、町で喧嘩をしようものなら遊女から相手にもされなかった。
十でこの店に拾われ。十一で初めて男を愛し。十二で姉さまに会い。十五で突き出しだった。
十五年。この妖艶なだけの暗い街で、吐き気をこらえて生きてきた。あの男を健気に愛して、生きてきた。
外を見れば野次馬なのかなんなのか、ほかの店の若衆や奉公人が店の周りに集まっていた。赤い光が夜を照らし、あぁ、最後までこの町は艶やかだと考えていれば、あたくしの部屋のふすまが開いた。
「………あら、物騒なものをお出しになって。そんなものこの島原ではご法度でありんす。仕舞っておくなんし。」
「貴音…」
逃げたとでも思ったのだろうか。少し驚きに見開かれたその瞳は、今も凛とした月のような光を宿している。刀には血がこびりつき、ふすまの向こうには死体が見える。あたくしの愛した男のものだった。
ことりと文机の横の引き出しを開く。昔衛門さまから頂いた煙管がそこにはあった。白金でできた体に椿が縁どられ、真っ赤に色づいていた。そこに葉を入れ、火を落とす。
咥えて吸い込むと甘美な香りが漂った。吐き出した煙はぼんやりと桃色をしていた。
「楼主は死んだ。」
「そんなこと知っていますわ。」
もう一度吸い込んだ。
「ここで生きているのはお前だけだ。」
「そうかもしれませんわね。」
煙管を傾けて振り向き微笑めば厳しい顔をした土方様がそこにいた。
「殺してもかまいませんわ。」
「愛した男がいるんだろう。」
「そこで死んでいますもの。」
くすりと笑えば一瞬視線を死体に走らせた。
「俺を、恨むか?」
「恨む、ものですか。」
着物の袖を口元に持ち、ごほ、と咳き込めばねとりとした血が糸を引いていた。ぽたり、と畳に落ちた。椿の花のようであった。
「あら、綺麗だこと。」
床に倒れ血をなぜて椿の花を描けば刀が落ちる音がした。土方様が刀を取り落していた。
「侍の、魂を落としては、いけませんわ。」
「お前……!」
もう一度吸おうと煙管を傾けたところで彼に叩き落とされた。毒の香りであるとわかったのだろう。
思いのほか彼の体は暖かかった。あの抱かれた日、彼の体はとても冷たくて、まるで肢体に抱かれているかのように思えた。
彼の腕に抱かれる今、彼は私をどう思うのだろう。
「死ぬのか。」
「……えぇ。きっと。」
土方様の目はゆがめられている。悲しみなのか怒りなのかわからないその表情は亜卓志が見たことない物だった。
それでもなおその瞳に宿る光はあたくしが憧れてやまないものだった。
手を伸ばして頬に触れれば指に一日がその白い彼の頬にかすれた。
あぁ、なんて美しい。美しい。
「あたくしの……」
なんて、なんて幸せ。
「私の、恋しい人。」