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遊女に恋が許されないのは、恋が乱暴なものだからであった。遊女には愛が許されているのは、愛が健気なものだからであった。
恋をすれば人が変わる。恋をすればそれを奪いたくなる。それがこの店の楼主の考えだった。足抜けしようと殺されるその女たちは愛したのではなく恋をしたのであった。
愛は健気に心に留め思い、そして終わってゆく。それが愛だ。
恋は乱暴に思いをぶつけ、はげしく散ってゆく。それが恋だ。
あたくしはあの男を愛していた。心の中で健気に思い、あの男との約束を思いながらずっとずっとあの桜の木を見てこの艶やかな夜の吐き気がする町で、我慢していた。
恋をすると人はおろかになると楼主は昔あたくしに言った。子供だったあたくしにそれはよくよくわからぬものであったけれど、あたくしの太陽であった椿姉さまが死んで、その言葉が私の心に益々焼付いた。
土方様に抱かれて、しょっちゅうその言葉を思い出すようになった。
「姉さま、姉さま、」
「なあに。」
「楼主様が逃げろって。どこまでもどこまでも振り返らずに逃げろって。」
「あら、ずいぶんあたしも愛されていたのね。」
禿が部屋に来て小さく言った。恐怖からなのか小刻みに震えていた。周りで繰り広げられる怒号におびえ、死体を縫ってこの頂上の部屋まで来たのだろう。
綺麗に切りそろえられたその紙を何回か撫ぜ部屋の隅の扉を示した。
「あすこ、見えるかしら。」
「見えるわ。」
「あそこにお入り。ずっと行けば、江戸の裏に出られるわ。」
「それからどうするの?」
「お逃げなさい。どこまでもどこまでも振り返らずに。」
楼主様は死んだんだろう。
あたしを拾ってしつけ、父親のようであったあの人は、愚かなその志を達成する間もなく死んでいった。
「姉さまは?」
「あたくしはいいのよ。」
「死んでしまうの?」
「死なないわ。すぐにあたくしも行きますから。」
「本当に?」
「本当よ。」
そういって頬をなぜればぽろりと涙が禿の目からこぼれた。
何度も振り返りながら禿はその扉に入り、そしてその足音は次第に小さくなり聞こえなくなった。