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「雪村。」
彼女の名前はそう言うらしかった。雪のように純真な彼女には正しく似合っていると思った。
土方様は月を見るのをやめた。その代り皆に交じって酒を飲むようになった。少し笑うようにもなった。最近店に来る回数は減るようになった。
「貴音。」
ふすまから女将が顔を出して招きをした。それに首を振って目をそらした。
この店が、攘夷活動の拠点になっていることを知ったのはつい最近のことだった。攘夷志士が名を変えてここへよく出入りしていると思ったものだが、将軍の暗殺計画に、この店の楼主が加担しているらしかった。
着物に目を落とせば真っ赤に椿が花を咲かせていた。
あの男はまだ来ない。桜も咲かない。
ここで、自分も、あの桜と一緒に朽ちていくのだろうか。
言ってしまえばいいのだろうか。
あたくしは、関係ないのよ。あなたたちに何か企んでなんていないのよ、なんて。
言ってしまえば、楽になるのだろうか。