高校の友人の話
久しぶりに学校に行くとみんなにますます敬遠された目で見られていた。前から家柄と派手な容姿のせいでひかれていたものの、挨拶くらいはしてくれていた気がする。席に着けば辛うじて隣の席の井伊だけ挨拶してくれた。
「なぁ、俺なんかしたっけ?」
「……すぐわかると思うよ。」
ちょっとの沈黙の後表情をまるで変えずに言われてしまった。そのうちわかるって言われても、俺なにもした覚えが。
「緒方。朝礼後職員室。」
クラス全員が興味津々といった様子でこちらを見ている。うぜえな、とため息をつくとこちらを向いていた視線が一気に担任に戻った。
「緒方。先生はお前を信じている。」
「はぁ。」
「お前はいくら不良だからと言って非人道的なことはしないと思っている。」
「はぁ。」
「一昨日の夜な。」
一昨日の夜。それを聞いた瞬間記憶を呼び起こす。一昨日の夜。一昨日の夜。一昨日の夜。何してたっけ?
自分の行動であるはずなのに、それを思い出させたのは担任の言葉だった。
「その、男とホテルに入るお前を見た生徒がいてな。」
「……」
あぁ、そういやたまには外で夕飯を食べようと言って兎吊木にホテルに行こうと誘われて都心の高級ホテルまで出向いたんだ。そうだそうだ。忘れてた。
「もちろん先生は後ろめたいことがあるなんて思ってない。」
後ろめるべきことはあったんだけど。
「まず、その男は誰なんだ?」
「個人の知り合いですけど。知り合い以上でも以下でもない。」
「いや、だがだったらなんでホテルなんて……」
「つーかさ。」
教師の言葉を遮って少し大きな声を出す。
「その生徒が見たっていうの、俺かどうかなんて信憑性なくない?その言葉を真に受けてる時点で、あんた俺のこと信じてるなんて言えないぜ?」
「……ッ!」
そういって立ち上がる。ばかばかしい。
「……ッ、お前の普段の態度が態度だからだろう!!」
耐えきれなくなったのか怒鳴りつけたらしい担任に心底あきれる。
「青春ごっこがしたいならほかでどうぞ。」
職員室を出れば野次馬が扉の外にたくさん張り付いていた。ばかばかしい。唯一偶然通りかかったらしい井伊が俺の鞄を持っていた。
「お、よく俺が帰りたいの分かったなー」
「なんとなくね。じゃ、またいつか。」
一生会わない気がする。井伊と別れるときはいつもそう思う。
鞄から携帯を取り出して玄関で電話を掛けるとすぐに相手は出た。着信履歴が七件入っていたところを見るとあいつも電話を掛けようとスタンばっていたらしい。
「帰る。」
『了解。』
すぐに電話を切って校門へ向かうとちょうど黒の高級車が止まって扉が開いた。
助手席に乗ってシートベルトもしないでその白衣に飛び込むと何度か頭をなぜられ、そして珍しいね、という。
「……大人って汚い…」
「大人は汚い物さ。」
「……お前が言うと説得力ハンパない…」
そうかい?と言って兎吊木が俺の頬に手を当て顔を上げさせる。薄い冷たい口が重ねられ、唇を割って舌が入った。
「……っふ、ぁ、」
「……相も変わらず、君は扇情的だ。」
「……あっそ、」
体を放して助手席にもたれかかれば兎吊木が俺のシートベルトを締めて、アクセルを踏んだ。
確かに兎吊木と俺の関係は褒められたもんじゃないだろう。同棲してるし、ホテルにもいくし、そりゃもちろんキスだってセックスだってする。でも多分恋人じゃない。教師が言及するのも理解できる。
だけど決して、後ろめたい関係なわけじゃない。
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