奴の友人の話
「嫌な予感がする。」
「は?」
朝、ベッドで起きるのを躊躇ってぬくぬくしていると隣で起き上がって煙草を吸っていた兎吊木はそうつぶやいた。
サングラスを装着し煙草の煙を吐き出した奴の眉は嫌悪感にまみれたかのように寄せられていた。
「珍しく非科学的なことを言うんだな。」
「……俺も人間だからね。たまにはそんなことを言いたくなる。」
「で?なんなんだ、その嫌な予感ってやつは。」
しばらく顎に手を当てて唸ると奴は結局首をひねった。
「なんなんだろうね。」
「……結局わかんねえのかよ!」
呆れてもう一度ベッドに横になると煙草を置いた兎吊木が覆いかぶさってきた。もう少しで唇がふれるか触れないかの時に勢いよく玄関の扉が開いた。
「兎吊木―――ッ!!!」
「………嫌な予感って?」
「これかな。」
ベッドで覆いかぶさったままの状態の俺たちを見て扉を開けたまま固まっているのはきちんとスーツを着た緑がかった黒髪の男だった。
「誰?」
「さあ?」
「なっにがさぁ、だ!!朝から盛ってんじゃねえ。」
怒鳴る男に一瞥暮れてため息をついた兎吊木はひとつ、舌打ちをした。俺もため息をついてベッドわきのテーブルの眼鏡に手を伸ばすが、その手は途中ではたかれた。
「なに。」
「まだ起きなくていい。」
「学校行くから。それに人もいるだろ。」
お前の客なんだから相手しろよと言ってやつのわきからすり抜け眼鏡をかける。男はいきなりベッドから降りた俺にたじろいだ。どうやら俺が何も着ていないと思ったらしい。失礼な男だ。俺たちはただ一緒に寝ただけでセックスはしてない。
「じゃ、ちゃんと相手しろよ。」
「………」
制服に着替えてダイニングに行くと兎吊木とあの男が向かい合ってしかめっ面で座っていた。朝食はおろか飲み物も出されていなかった。
「………。」
「そんな必要こいつにはない。」
「んだとてめえ!!」
無言でお茶を出すと即座に返された。
仲が悪いのかもしれない。
「それで式岸。何の用だ。」
「何の用だってお前なぁ……これだよこれ!」
「あぁ……これかぁ…」
「なに、これ、」
机にたたきつけられたのは一枚の請求書。そこに書かれた価格はウン千万。名義は兎吊木だった。請求書によればエレベーターの修理代。高級マンションのエレベーターをどうやら破壊したらしい。
「あれ、嫌いなんだ。」
「嫌いでふつう壊すかよ。」
「普通じゃなくていい。」
呆れた、もう学校行くから、と言って立ち上がると兎吊木は不満げに請求書をしまい、俺の腕を掴んで引き寄せた。
額に唇を軽く当てすぐに放す。所詮挨拶だ。
俺と同時に兎吊木の知り合いだと思われる男ももう帰ると言って立ち上がった。
玄関を出て階段を降りているところで男に話しかけられた。
「俺は、式岸軋騎。兎吊木の知り合いだ。」
「……覚えにくそうな名前っすね。」
「お前は?」
「……緒方実徳。」
「なんであいつと暮らしてんだ?」
「家に、いたくねえから。」
「家出かなんかか?若いんだから人生逃げねえほうがいいぞ。あいつと暮らしててもいいことねえだろ。」
「……いいこともないかもしれないけど、損なこともない。」
それに、結構快適だ。
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