眩暈。残像。反響音。
話中出てきたモブ(声を掛けてきた日本人の男)視点
フルムーンパーティ目当てにこの島に入った。
オンシーズンだから安宿ですら宿代が倍になってたけど、このイベントだけは外せないと思ったから我慢して。
3日前に島に入って同じ宿の皆と即効仲良くなり、特に仲良くなった友達と意気投合して一緒にパーティに行く事も約束した。
こりゃイイ感じにいくんじゃね? ラッキー!って感じで、当日までは適当にビーチで日焼けしたり、折角だから観光もして。
そんな時に見掛けた日本人の女の子。
買い物に行こうと歩いてた時に数メートル前の美容院から出てきて、あれ、日本人?って興味が沸いて。
俺が今泊まってるこの島唯一の日本人宿で見かけない、違う宿の人かな?って事で声を掛けてみた。
狡いけど日本語で話しかけて、反応するか試してみて。
「あの、すみません。」
彼女が振り向いた。
あ、なんだ。可愛いじゃん。
最初のチラ見で普通より上だとは解ってたけど、思ったより可愛かった。
やった!!!
「ああ、良かった! 日本人ですよね? すみません、道に迷ってしまって… この島詳しいですか?」
口から出任せが出る出る。伊達に長年接客業してないもんね。
彼女は少し笑いながら返事をしてくれた。
「ちょっと詳しいかな。私で解る範囲なら教えれるかも。何処から来ました? 首都の方から?」
「南の方からです。この島初めてで。ショッピングセンター行く筈が迷っちゃいました。」
もうショッピングセンター行った事あるから、本当は道解ってるんだけど。
俺の手元の地図を覗きながら女の子が説明をしてくれた。
美容院帰りってのもあるけどいい匂い。
あー、野郎だらけの貧乏宿では味わえない久々の女の子キタコレだよ!!
行き方を説いた後、すぐサヨナラしそうな女の子を焦って引き止めた。
ちょ、待って! 折角出逢ったんだから!!
何とかナンパ心を隠しながら寂しい旅行者風を装って、女の子に話し続ける。
優しい子みたいで、立ち止まって会話を続けてくれた。
俺、ちょっとイケるんじゃね?
いいじゃん、この子!! 今夜のパーティも誘うか、
その思いは言葉に出せなかった。
「×××。」
突然目の前に現れた白人の餓鬼。
中学生位か?
なんだ、こいつ。
「遅えぞ。腹減った。」
女の子の手を繋ぎ頬にキスしやがった。
ってか日本語?
「ごめんね。美容院時間かかって先刻終わったの。ロー、この人迷子になったらしくて、今説明してたんだ。」
彼女は嬉しそうにこの餓鬼を見つめて、状況を説明した。
「うちのが迷惑かけたな。俺が道教えようか?」
すんげえ睨んでるんだけど?
しかも”うちのが”って… どう見てもお前の方が彼女より餓鬼じゃねーか!
「…あ、もう大丈夫だから、」
なのに圧倒されて一言これしか言えなかった俺。
そんな俺を嘲笑うかのように
「じゃ帰るか。×××、行くぞ。ああ、お前も気をつけて帰れよ。」
ってタメで駄目押しされて捨て台詞を言われて。
お、俺お前の倍位の年なんだけど?
唖然としてると、女の子は苦笑いで餓鬼に手を引っ張られて去っていった。
それを見送って。
………マジかよ………
折角出逢った日本人の女子に強烈なガードがあるなんて。
それが自分の半分程の年の餓鬼って。
在り得ねえんだけど!
…男、じゃねえよな。
流石に年が離れすぎてるし、多分弟とかでシスコンか?
それとも餓鬼の方の一方通行とか?
うー、くっそ!
迫力に負けて何も反応出来なかったのが悔しい!!
パッカーぽくなく、かと言って金持ちツアー客風でもない貴重な日本人女子なのになあ、あの子。名前も×××って言うのか。
ってか自分で聞けなかったって俺すげえヘタレ。
くっそ!!
そうしてくっそくっそ思いながら宿に帰って、友達とぐだぐだ喋って。
その事を話してみた。
「えー、その女がその餓鬼買ってるとかじゃね? バリの奴等みたいに。」
「いやそういうビーチボーイって感じじゃなくてさ、ローカルじゃねえんだよな。だって白人だぜ?」
煙草をくゆらせる。
「じゃあシスコンな弟とかか? 日本語で会話してたんだろ?」
「弟、かなあ。どーみても人種違ったし血が半分繋がってるか、親同士の再婚で連れ子同士とか?」
「それならお姉ちゃん命になってもしょーがねえんじゃね? 優しそうな子だったんだろ?」
「うん。可愛かったし。あー、くっそ! 奴さえ来なきゃ今夜誘えたのに!!」
「ってか、その子もパーティ来るかもしれないじゃん。弟も年齢的にパーティ入れねえだろうし。狙っちまえよ。」
あ、そーだよな。
煙草を一口吸う。吐き出した煙がぷかあ、と空に舞った。
そうだよな、来るかもしれないよな、鉄壁なガード抜きで。
逢えたらいいんだけど。
「おっしゃ! じゃ彼女にまた逢える事を祈るか!」
今夜のパーティがもっと楽しみになった。
パーティには日付が変わる直前に行き、バケツを呑みながら可愛い子いないかチェックして。
何人か声を掛けたけど、軽くあしらわれて凹み気味の時にあの子を見つけた。
一瞬見間違いかと思ったけど、二度見して再確認。
前の方に居たから人を掻き分けて、後ろから肩を軽く叩いて。
「あー! また逢ったねえ!!」
明るくハイタッチをする。
やった! 弟(もう断定)いねえし!! 彼女酔っ払ってるしイケるんじゃね?!
大音量で声が聞こえ難いのをいい事に、ワザと声量を落として耳元に口を寄せて話す。
いいねえ、この距離!!
「何、もう酔っ払ってんの?」
「うん! もうベロベロ。気持ちいいねえ。」
昼間に逢った時より着飾り化粧もキメて、がらりと雰囲気が変わり綺麗になった女の子に興奮する。
一緒にいた友達もいいじゃん!って顔して挨拶してた。
「今夜は1人?」
ウキウキしながら聞いた質問は軽く覆されて。
「いやー。違うよ。ロー!」
またあのローと言う餓鬼が現れて、彼女が抱きついた。
マジかよ、なんでパーティ入れてんだよ! ってかタイミング良過ぎねえか、こいつ!!
「×××、水飲め。」
「えー。お酒は?」
「阿呆か。俺が買える訳ねーだろ。」
「あ、そっか。」
女の子が弟(断定)に戯れる。
羨ましいいいいいい!!
「おい、また迷惑かけたのか。」
またその超高圧的な態度に圧されるが、女の子がフォローしてくれた。
「そうか。また×××がすまなかったな。」
弟君に謝られるけど、なんで謝る時もこう威圧的なの?
俺の友達も実際に弟君を見て唖然としていた。
ここでこのまま雰囲気に圧されてたまるか!と、無理矢理口を開いた。
「なあ、お前等どういう関係なの? 姉弟?」
あっちがムカつくタメの態度を取るなら、こっちも同じ態度で聞いたら。
ローと言う弟(希望)がニヤリと笑った後に
「×××。」
女の子にキスをしかけた。思いっきりディープなの。
えええええええええええええええええ マジっすか!!!!
女の子も拒否をせずに受け留めている。
ちょ、マジ?! マジなの、それ!!!!
「こーゆー関係だよ。」
またあの超高圧的に見下す態度で睨みつけられる。
うあ… マジかよ。
いくつの年の差だよ、羨ましいいいい!!
俺だって若い時に年上お姉さんといちゃこらしたかった!じゃなくて!!!
いいの?! こいつ中学生位だろ?! ここ外国だからアリって事?!!
ええええええちょっと何だそれ凄ええええ!!!!
呆然としてたら女の子達は消えて。
後には野郎と佇む俺だった。
「…すげえなあ。マジに恋人だったんだ…」
友達の言葉で我に返る。
「……羨ましい……」
お前もやっぱそう思うのか。そりゃそうだよな、男の浪漫だ。
あの年代で年上の綺麗なお姉さんと…なんて、男の永遠の夢だ!!
「…呑むか…」
2人で肩を落として新たにナンパする気も起こらず、木の下に座り酒をちまちま呑んで。
少ししたら、キャー!、と悲鳴と共に怒声が聞こえた。
なんだ?、と立ち上がって騒がしい方を見たら、外国人客同士の諍いだった。
暇だったから近くまで行き野次馬したら、酔っ払い同士が周りの客に抑えられながらも今にも殴りかからんばかりに暴れてて。
セキュリティも呼ばれてるし大事にはならないかー、と眺めていたら視界にあの女の子、×××が入った。
少しその喧騒の場所を避けるように歩いてて。勿論彼女の目の先には糞生意気なローがいた。
あっ!
そう思った瞬間には彼女が後ろから飛ばされた。
熱り立った男達が押さえを外して喧嘩を始め、その際に彼女にぶつかっちまった。
突然後ろから衝撃を受けて倒れた彼女にローが屈み、様子を見てる。
慌てて俺も走って側に寄り声を掛けた。
「だいじょ「×××看とけ。」」
へ?
「ちょ、お前どーす… やべえって! おい、ちょっと!!」
ローが喧嘩してる奴等に向かって行った。
慌てて止めようとする俺の言葉なんか無視して、喧騒の中に入り。
うわーー!! やべえ、やられちまうって!!! 相手すげえマッチョじゃん!!
って何も出来ずに×××の側から固まって動けずにいたら。
喧嘩し合ってる奴等の側にするっと入り、手前の奴の腹を蹴り飛ばして引き剥がして。
突然の部外者に驚いてるもう1人にも、軽く脳天に回し蹴りを決めて1発ノックダウン。
最初に引き剥がした方が起き上がって騒ぎ、ローに掴みかかって行ったのをス、と避けて拳を当てた後に膝蹴りで叩きのめし。
そこから一方的なサンドバッグが始まった。
「や、め…」
男が泣いて鼻血と涙でぐしゃぐしゃになった顔で懇願していた。
誰もが目の前で起こってる事に慄いて止める事も口出しも出来ず、この異様な光景をただ呆然と見つめていた。
俺も漸くは、と我に返り、
「ロー!! もういい!! 止めろ! それより彼女を!」
と叫ぶ事が出来たのは数十秒経ってからだった。
俺の声を耳にして動きを止めたローが、ちっ、と舌打ちして。
相手の血で汚れた手をそいつのシャツで拭き、こっちに戻ってきた。
膝をつき倒れたままの彼女を抱き。
顔に付いた砂を優しく掃いのけて乱れた髪の毛を後ろに撫で付けてやり、額にキスをしてそのまま横抱きに抱え上げた。
「看ててもらって助かった。」
振り返らずに礼を言われる。
そのまま彼女を抱いたままビーチを後に出口に向かうが、これだけの人数がいるにも関わらず誰もが声を発せず、煩い音楽が鳴り響くだけで。
まるでモーセのように人が割れて彼等は退場していった。
「…すげえな。お前あの子にちょっかい出さなくてよかったじゃん。」
友の言葉で俺も我に返る。
俺、今日何度呆然としてんだ。情けない。
「見ろよ。意識無くした方はマシだが、奴に挑んだ奴はフルボッコだぜ。ありゃ酷えな。」
顔を顰めるのもよく解った。
俺が止めなければ、喧嘩野郎はもっと半殺しの目に遭ってただろうから。
今は皆我に返って喧嘩ショーを見て興奮した客が、異様な空気を誤魔化したいが為のお喋りに皆がざわついている。
のされた野郎達は運ばれて病院行きだ。
「あれさ、女の子大変だろうな。」
「え、何が?」
友の言葉に不思議に思うと。
「ちょっと狂気入ってると思わねえ? ローって奴、クスリキメてんじゃねーだろ?
それで無慈悲にあんだけボコれるってこえーよ。それにあの年で喧嘩慣れし過ぎてねえか?
小さいのにえらい強いし、お前が止めなきゃ殺す勢いだったじゃねーか。」
「………」
「どんなハードな過去背負ってんだか知らんけど、若いからじゃ済まねえだろ、あの暴走は。
最初に逢った時も人を見下す目して感じ悪かったし。
…ありゃ女の子絶対苦労するって。」
「確かに…」
ま、俺達には関係ねーけどな、と会話を締められて。
呑み直そうぜー! 折角の酔いが飛んじまったわ、と飲み直す事にしたけど。
結局呑み直しても気は晴れず、後味を凄く悪くした日になった。
後日、海岸で×××とローが歩いてるのを見かけた。
手を繋いで微笑みながら時々キスしたりして。綻ぶように笑う彼女に優しく見守る彼氏。
何処から見ても誰が見ても、お互いを思いあってる恋人同士だ。
喧嘩で暴れた時の表情は一切見えない。
なんだ、彼女だけの時はこんな顔すんだなあ。
じゃ大丈夫か。
俺等の杞憂で終わるといいな、と思いそのまま声を掛けずに宿に戻って。
旅の1ページが終わった。
お題:少年の唄。
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