切なる別れ

「……行っちゃったね」


ぽつりとつぶやいたユキに答える声はない。
誰もが沈黙の渦中にいて、誰も少しも口を開く様子はなかった。

一番最初にその沈黙を破ったのは、ベルだった。
ガタリと大きく音を鳴らし椅子を後ろにずらしたベルは、そのままつまらなそうに席を立った。
そしてあたりを見渡し、不機嫌そうに口をへの形に曲げる。


「辛気臭い空気やめてくんねー? 王子まで辛気臭くなるし」
「もう、ベルちゃんったら! 空気読まなきゃダメよ!」
「ししっ、オカマが空気語ってんじゃねーよ」


んまっ、と声を荒げたルッスーリアに、ユキは思わずくすりと笑みを零す。
未来がいなくともヴァリアーはヴァリアーなのだと、ゆっくりと思いだす。
そうだ。何ら変わらない。
ただ、数週間前のヴァリアーに戻っただけだ。
そう、ユキは自分に言い聞かせて微笑んだ。

……それでも、拭い取れない違和感があったと気づかずに。




だが、不幸の連鎖はそれでは止まらなかった。
やがて届いたもう一通の手紙、オレンジ色の死ぬ気の炎。
確かな、9代目の封蝋。

それを届けにきたのは、9代目の直属の部下たち。
どれもこれも精鋭ばかりで、ユキたちヴァリアーの実力が分かっているからこそ用意されたマフィアたちだった。
それは平たく言えば「脅し」そのもの。
見た目だけでも一瞬で「自分たちの実力では歯が立たない」と思い知らせるには十分だった。


「ッ、ボンゴレ9代目の犬が私たちに何の用!?」


声を荒げるユキ。
その瞳は嫌悪に染まっていて、刺し違えても目の前の男らを殺すという覚悟を宿していた。
それはユキだけではなく、他のヴァリアーも一人残らず同様で、誰もが臨戦態勢に入っていた。


「ヴァリアー現雪の守護者。お前が条件を呑めば、事を荒立てるつもりはない」
「っ……はぁ? 何よ条件って……! 私たちの家族であるボスを氷漬けにしといて何をいまさらいけしゃあしゃあと!」
「ユキ、落ち着きなさい!」
「何、ルッスーリアはおかしいと思わないの!? 人のボスを氷漬けにしといて、条件を呑めば事を荒立てないって、何様!? どう考えてもおかしいでしょ!」


怒りを収めるつもりのない様子のユキは、ルッスーリアにさえ怒りの矛先を向ける。
あまりにも理不尽な今の状況に憤慨しないほうがおかしいだろう。
だが、無情にもそれはマフィアの暗黙のルールでもある。
弱い者は強い者に従わなければいけない。まさに弱肉強食の世界。それが嫌なら強くなれ。
そんな理不尽さもまかり通ってしまうのが、マフィアの世界なのだ。


「う゛お゛おぉおい! ユキィ、先に手紙の中身を覗いたらどうだァ!」
「そうねぇ……それが一番だと思うわぁ」
「ししっ、話はそれからだろ」


そう周りに急かされ、ユキは渋々手紙を開く。
だがその手紙の内容は、想像を絶するものであった。


「このっ……馬鹿にすんな!」


必死の形相を顔に宿したユキは、怒りのあまり何も考えず目の前の黒服の男に掴みかかる。
だが、すぐに現状を思い知らされることとなった。

十人余りいた黒服が、音も気配もなくヴァリアー一同を取り囲んだ。
各々武器を構え、その武器の先をぶれることなくヴァリアーらに向ける。
彼らがヴァリアーに与えた殺気は、生半可なものではなかった。

ぶるりと身震いさせるユキに、黒服の一人が伝える。


「猶予は明日までだ。よく考えるんだな」


冷徹すぎるその言葉。
ユキは目を見開き、口を戦慄かせた。
手紙は既に手の中でぐしゃりと握りつぶされている。


「悩む必要はない。最初に言っただろう。要求を呑めば事を荒立てるつもりはない、と」


それは平たく言えば、ユキに選択肢がないのだと言っているようなものだった。
無力に地に膝をつき、顔を伏せるユキ。
彼女は今、何を考えているのだろうか。


「…………なんで、私なの」
「九代目のご意思だ。それ以外のことは知る必要はない」
「……私には知る権利もない、……ってことか」


なんとか紡ぎ出したユキの言葉は辛そうで、苦しそうで、今にも消えてしまいそうだった。
むしろ今の彼女にとって、いっそ消えてしまえた方が嬉しいのだろう。


「日本にいるボンゴレ十代目候補である沢田綱吉に会いに行け」


そう、手紙には書かれていた。

反抗意欲をなくしたユキを見て安全を確認した黒服たちは、きたとき同様ぞろぞろとヴァリアー邸を出ていった。
残されたのは打ちひしがれ床に膝をつくユキと、訳もわからずそんな彼女を見守るヴァリアーのみだった。

やがて立ち上がったユキ。
うつむき表情は伺えない。
蚊の鳴くような声で「部屋に戻るね」と告げ、周りの制止も聞かず、自室へ向かい閉じこもってしまった。

それが、ヴァリアーらが最後に見たユキの姿であった。


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