ノキオアイソレーション | ナノ

ノキオアイソレーション

 振り返ってみれば運のない一日だった。
 朝は道路工事で遅刻して罰として廊下を三キロ掃除させられたし、途中でサボってボルトたちと野球をしていたら見つかって更に三キロ追加されたし、掃除当番も普通に廊下だったし、帰りには雨が降っていた。
 朝はちゃんと晴れていたのだ。
 学友たちと別れノキオは帰路を飛ぶ。傘は持ってきていないから雨が箱に染みて斑模様を描く。打ち付ける滴が剥き出しの手脚を冷やし服に染みて重さを増す。背中ではジェットパックがごうごうと音を立てているのに寒くて仕方ない。雨足はだんだんと強くなってきていて、箱はもはや色の変わっていないところを探す方が難しかった。
 箱が崩壊する寸前で家に辿り着いた。親的存在が迎える声に返事をして、びしょ濡れのまま自室に引っ込んだ。すっかりふやけてしまった箱と帽子を脱ぐ。もうこれは着ていけない。スペアは常に用意してあるが、もう少し追加しておくべきだろう。だがその前に冷えきった体をなんとかしたかった。びしょびしょになった服のまま、着替えを掴んで風呂場に向かった。

 湯船に浸かっていたらふつりと電気が消えた。スイッチを押して電灯を点けようとするが反応がない。タイミング良く外で雷鳴が轟く。轟音に思わず声を上げてしまった後、照れ隠しのために停電かあ、と呟く。
 この家は丸ごと停電してしまったらしい。手探りで着替えて廊下に出て、親的存在を探す。声を張り上げているのに返事はなく、暗さも相まって心細さに襲われる。
「パペットじいさん? ここか?」
 ややこしい機械が雑然と並ぶリビングを覗く。窓からの僅かな光で、そこに彼が倒れているのを見つける。停電による充電切れだろうと見当を付け、
 失敗した、と思った。
 のこのこと出てくるべきではなかった。判断を誤った。せめて箱を被ってくるべきだった。
 ノキオは人間だった。機械ばかりのこの家で彼だけが呼吸していた。死んだように機械が横たわる空間で彼だけが自由に動けた。
 ノキオは人間だった。
 地面に張り付いたように足が動かない。引き返して箱を取ってくることも、親的存在に駆け寄ることもできない。誰も彼を慰めない。ここに人間は一人しかいない。冷たい床から冷気が這い上がってせっかく温まった爪先を凍えさせる。ノキオは温かい血の通う人間だったので。
20200207

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