短編 | ナノ

翔冬

「あのさ、土曜日泊まりに行ってもいい?」
「……構わねーけど」
 スケジュールを思い浮かべてから返事をする。良かったあと顔を輝かせ、翔太は体をすり寄せてくる。
「二人っきりだね」
「おお」
「時間もいっぱいあるね」
「……ああ」
「僕やってみたいことあるんだー……冬馬君?」
 冬馬が突然距離を取ったために、不審そうに見上げてくる。片手で額を抑えもう片手で翔太を制し、なるべく冷静にと努める。
「えー翔太……訊きたいんだが」
「なに?」
「……エロいことを考えて……いますか」
「…………うん……」
 訊きづらい質問に答えづらそうに返される。気まずい空気が流れる。だがこれは雰囲気作りが下手とかいう話でもなく二人に必要なことなのだと冬馬は自分を奮い立たせ、次に向かう。
「それは服を脱ぐ?」
「なんなの……?」
 宇宙人でも相手にしたような顔をしながらも、翔太はぎこちなく首を縦に動かす。心なしか彼の方もじりじりと後退している気配を感じる。それでもまだ退くわけにはいかない。
「じゃ……その……ベッドを使う?」
「いやほんとになに?」
「答えは」
「使う……と思うけど……?」
「……ゴム製品が必要?」
「……あー、分かった分かった」
 呆れた声を出した翔太は一人で何度も頷き、再び冬馬の側に足を踏み出す。背伸びをして、くっつきそうなほど顔を寄せる。
「……冬馬君が想像してること全部しようねっ」
 にっこり笑いかけられて、冬馬はただ顔を赤くすることしかできなかった。

翔→冬

 深夜に二人でこっそり北斗の個人ラジオを聴くのを、翔太はそれなりに楽しみにしていた。ベッドに寝転んで、あるいは机の前に座って、たいていは一つのイヤホンを片方ずつ分け合って顔を寄せて小声で突っ込みを入れたり笑い交わしたりする。深夜ラジオはときに過激で、北斗は上品ながらも際どい話もしていて、だからどこか知らない人みたいに感じる時がある。オフの時でも彼は飄々とした態度を崩さないけれど、こうして外から仕事中の様子を見るとやっぱり違う。こっちがオフで向こうがオンなのは奇妙な違和感を生み出す。
 三人が二人と一人に分かれた錯覚は酷く居心地が悪くて、心細くなって隣の手を握るとあっさり握り返してきて、繋ぎ留めてくれる温かな手をその度好きになる。

一→涼モブ♀

 お付き合いしている方と、結婚を考えています。覚悟ならもうとっくに、出会った頃からできていたから、涼にそう告げられてもおれはいつものように微笑んで祝福の言葉を口にすることができた。
 驚かないんですね。薄々そんな気がしていたからな。そんな風に他愛のないやりとりをした後で、涼は恥ずかしそうに笑った。実はちょっと、自惚れていたかもしれません。
「僕、一希さんは僕のことが好きなんだと思ってました」
 なんでもないことのように涼は言った。そんな言葉に対する覚悟なんてなかった。衝撃に固まったおれに、涼は気付かない。
「僕たち、絶対に幸せになりますね!」

Jupiterファンやめ(たい)

 Jupiterが好きだった。自分で言っちゃうけど結構古参の方で、限定CDなんかもそこそこ揃ってた。
『冬馬はあんな人じゃないから。ただの捏造ゴシップじゃん』
 冬馬くんが暴力を振るったという内容の記事が雑誌に載ったとき、そんな言説がSNSで広められて、大多数のファンはそれに乗っかって彼らのことを信じた。冬馬くんは乱暴な言葉こそ使っても礼儀正しいんだよ、なんていつかのテレビの抜粋が何百もいいねを付けられた。
 だから私はJupiterアンチスレッドを覗く。彼らのことが嫌いな人たちが呪いを吐いている。彼らのことを信じられなかった私は、ここでは正しいままでいられる。

翔冬

「オフ被ってるな」
 なんか、行きたいとことか。最後までは言わずに冬馬は視線をそらす。まだいかにもな恋人同士みたいに振る舞うことには照れがあるのだろう。微かに顔を赤らめてちらちら視線を寄越してくる仕草は、確かに彼にとって自分が特別であると示していて、こっちまで顔が熱くなる。
「分かんない……」
 一緒にいるだけで幸せすぎてそれ以上なんてあり得ない気がしてくる。赤くなっているだろう頬を覆って呟いたら冬馬は目を丸くして、しみじみと言う。
「おまえたまに意味分かんねえくらいかわいいよな……」
 そんなのお互いさまだ。

翔←冬

 翔太はよく寝ている。どうせちょっとやそっとでは起きやしないのだから、唇と唇を触れ合わせたくらいじゃ当然目を開けることはない。物語のお姫様じゃないんだから。
 もし運命の相手だったなら、もしかしたら彼は目覚めたのかもしれない。勝手にそんなことを思って知らない誰かに架空の嫉妬を抱いて、八つ当たりのようにして冬馬は乱暴に翔太の肩を揺さぶった。

ショウトマもどき

 夢を見た。夢の中で冬馬君と僕は酷く狭苦しくて薄汚れた部屋で一緒に暮らしていた。僕らは恐らく社会からはみ出していた。冬馬君は人を殴った。僕はそれを黙って見ていた。僕はものを盗んだ。冬馬君は僕を褒めた。僕らは世界に対する不満を言い合って、そうして自分達を正当化して生きていた。狭苦しい部屋で少ない食事を奪い合って、お金を分けて、たまに体を重ねて、僕らはあまり幸せではなかったし、十分に満ち足りていた。
 そうして僕は目覚める。広くて綺麗な自分の部屋の天井を眺めて、ゆっくり夢を思い出す。もう二度とあの冬馬君には会えないんだね。僕は君のことも好きだったよ。さよなら。

翔冬

 することも特にない事務所での待機時間だ。昼のトーク番組に出演している同じ事務所の仲間を、翔太と冬馬は見るともなしに見ている。話は学生時代の話から初恋へ移り変わっていく。
『初恋は実らないって言いますよね〜』
「初めて聞いた」
 ホスト役の女性が言った言葉に、冬馬が反応する。冬馬君って本当そういう話題疎いよね、と翔太は応える。
「初恋なんて小学生とかでしょ? そりゃ実らないことの方が多いって」
「え? おまえも?」
「僕いつだったかなあ、低学年かも」
「……」
 突然冬馬が黙り込むので、翔太は顔を向ける。冬馬は唖然とした表情でこっちを見ていた。彼は何度も口を開け閉めして、ようやく言葉を発する。
「…………俺じゃねえの?」
 今度は翔太が驚愕する番だった。
「……え、だって、小さい頃って誰かがかわいいとかそういうのすぐ、」
「だ、おまえ俺が初めてだって言って」
「や、それはただ彼女が、あれ? 彼女?」
「彼女ではないだろ!」
「ていうか、冬馬君は──」
「俺はっ、全部、おまえが初め──」
「お疲れ、冬馬、翔太。打ち合わせ終わったよ」
 二人が焦って早口になっているところに、ちょうど北斗が入ってくる。二人は口をつぐみ、北斗は首を傾げる。翔太は俯いてにやけそうなのを隠す。何かとんでもないことを言われた気がする。今夜にでももう一度言わせようと決めた。

一→涼

 好きだと言われた。男の人に告白されるのは何度目だろう。その中でも一番衝撃的だったかもしれない。信頼するユニットメンバーに告白されるなんて。
 一希さんは嘘をつかない。本人がそう言っているし長い付き合いで実感してもいる。だからこれだって嘘でも冗談でもないんだろう。彼は僕のことが好きらしい。初めて知ったときから、と彼は夢見るように言った。
 なんだって僕のことなんて好きになってしまったんだ。残念なことに僕は彼を恋愛対象としてなんて見れない。こんなにも誠実な人なのに、それは無意味なものにしかならない。こんな人を切り捨てる僕の身にもなってほしい、と思う。八つ当たりだけど。
 だから僕も僕に出来る最善を尽くすことにした。以前の僕には出来なかったこと。彼が恋した、アイドル秋月涼の精一杯の誠意でもって。

「──ありがとう! 僕も好きですよ!」

翔→冬

「冬馬君お母さんみたい」
「またそれかよ」
 だってほんとだもん、と翔太はあくびしながら考える。口やかましいし起こしてくるしご飯作ってくれるし。お母さんよりは子供っぽいしすぐ怒るけど。
 冬馬君がお母さんだったら。翔太は想像する。家に帰ったら彼が出迎えて、それで彼の作った料理を食べて、朝になったら彼が起こしにくるんだろう。
 母親を想像したはずだったのに、不意にそれが違うニュアンスを持ち始める。親子よりもっと甘くてちょっとだけ危うい関係。想像の中の冬馬が優しく微笑む。これじゃまるで、
 慌てて翔太は頭を振る。眠気を覚ます仕草に見えたのか、冬馬が満足げに短く笑う。こっちの方がよほど彼に似合っていると思った。
 翔太も笑い返す。さっきの想像も妙に早い心拍もとりあえず気付かなかったことにしよう。今はまだ、仲のいい友達でいいんだ。

春→旬

 ジュンの欠片が落ちている。
 ついさっきまで間違いなく彼の一部だったそれは、もはやその気配もなく、ただ床を黒く染めている。何ということはない、髪を切ってやったのだ。切り離された塊はジュンではない。短くなった毛先を撫でながら、この髪をまた切ることが出来るだろうかと考える。

夏旬

 例えば境遇が似ているとか、同じものが好きだからといって人が分かり合えるかといえばそうではないだろうというのが冬美旬の考えだった。人間なんてものは勝手に相手を決め付けて、自分のカテゴリーに閉じ込めて理解出来るものに変質させて、そうして無理やりにコミュニケーションをとっているのだ。暴力的なやり方で相手を自分の手の届くものに変えてしまう。旬は人付き合いというものに冷めていたし、見下してさえいた。名家の跡取りで幼い頃には神童ともてはやされた彼は様々な嫉妬やら羨望やら同情やらを受けてきたけれど、彼に言わせればそれらは全部的外れなものだった。テンプレートに添った哀れな天才でなくちゃならないのか、僕は? 僕には音楽と、ナツキがいるのに。

 榊夏来は冬美旬に「可哀想な天才」を押し付けるきっかけを作った人間であり、誰よりそのレッテルに従って彼を見ている人間だった。けれど彼は昔からずっと旬の側にいたし、だから旬の考えを正しく認識出来ていた。よって彼は選択をした。自分一人で罪を背負い続けることにしたのだ。許した気になっている彼と周りに悟られぬよう。榊夏来は未だにあの日の夢を見る。

 冬美旬は知っている。自分がレッテル貼りを嫌うのは、同族嫌悪に近いものであると。自分に貼られた「哀れな天才」のレッテルは、同時に「加害者」を生み出した。榊夏来。可哀想。君が気に病む必要なんてないのに。僕が失ったものはどちらにせよいずれ失う運命のものだった。いくら才能があったって音楽を愛していたって身体まではどうしようもない。きっと僕はいつか挫折していたよ。僕の手は小さすぎる。だけどそんなことを君にわざわざ言ってあげるほど、僕は優しくないんだ。ごめんね、ナツキ。世界で一番綺麗な人。僕が唯一愛した人。だけど罪悪感と哀れみで縛られている君はとっても綺麗なんだ。ずっと僕の側にいてね。

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