啓明 | ナノ

啓明

※翔←明/翔→冬/(啓→明)

 啓太郎にそっくりのその幽霊は翔太と名乗り、そして俺のことを冬馬君と呼んだ。

「つまりおまえは啓太郎じゃないんだな」
「だからそう言ってるじゃん。翔太だよ」
 啓太郎、じゃなかった翔太はやれやれと息を吐いて首を振る。馬鹿にしやがって。確かにそんな仕草は啓太郎らしくない。
 いつも通りの、傾いた日の差し込む放課後の教室で、翔太だけが異質だ。オレンジの光は少年を照らし輪郭を曖昧に溶かしてしまう。彼の影はどこにも落ちていない。この世のものではないとはっきり分かるのに顔は俺の知ってる啓太郎とそっくりで、不気味と思うには緊迫感があまりに足りない。
 もっとも、ここにいるのが生身の啓太郎だとしても部活違うし変だけど。この教室が一応部室ってことになっているがミステリー研究会は自由参加なために滅多に集まらない。勝手に読んでたまに感想を言い合う適当な部活だ。
 話を整理するためにとりあえず適当な紙の裏側に相関図を書くことにする。真ん中に星見明って自分の名前を丸で囲って、側の翔太を見上げた。
「名字は?」
「御手洗。御手洗翔太」
「漢字は?」
「御手洗は普通のやつ。翔太は翔るの翔に明太子の太」
「明太子?……ああ、なるほど。翔太ね」
「君はこれ? 星見明。綺麗な名前だね」
「どうも」
 翔太は俺の向かいの椅子に反対向きに座って、俺の手元を覗き込む。「御手洗翔太」から矢印を引っ張って「仁科啓太郎」に繋げる。「そっくり」と書き添えると翔太も「星見明」から矢印を伸ばして「天ヶ瀬冬馬」と書き込んだ。結構癖字だ。というか現実に干渉できるんだな。
「誰だ? あまがせ……」
「冬馬君。明君にそっくりな僕の……友達?」
「そういう異世界系か。結構よくある」
 腕組みして頷くと翔太は随分驚いた顔をして俺を見た。
「冬馬君にそっくりなのに賢いんだね」
「なんか色々失礼じゃないか?」
「冬馬君だったら『だー! 分かんねえ!』って言うよ」
 喋りながら翔太は「天ヶ瀬冬馬」と「御手洗翔太」を「友達」で繋ぐ。紙を反転して俺も俺と啓太郎を同じ言葉で結んだ。クラスメイト、でも良かったけどそっけない気がしたから止めておく。
「おまえも啓太郎とは全然違うぜ。あいつはもっと慎重だし」
「そうなの? 意外〜。明君と冬馬君はよく似てるよ」
「おまえ啓太郎じゃないんだな? 頭打ったりした覚えは?」
「ないよ」
 翔太は首を振る。啓太郎は今どこにいるんだろう。翔太と入れ替わりか、この世界に留まっているか、あるいは全然違う世界にいるのかもしれない。
「そういえば北斗君は? えっとねえ、背が高くてちょっとキザで『素敵な今日に乾杯……』みたいな感じの」
「さっきから思ってたけどおまえ物真似上手いな」
「ありがとっ。心当たりある?」
「割と。キザじゃねーけど雰囲気似てる奴は知ってる。眼鏡だろ?」
「ううん、普段は眼鏡じゃない」
「マジか」
 飛鳥に似ていると思ったんだが。しかし異世界とそうそう似通っているものでもないだろう。啓太郎と翔太、俺と冬馬君とやらが似ているだけでも奇跡的だ。もしかすると俺たちが二つの世界の接点なのかもしれない。
 主人公みたいだ。
 下校五分前のチャイムが鳴った。二人分の字が並んだ相関図を折り畳む。ふと気になって顔を上げる。
「啓……じゃねえ、翔太は帰る家あるのか?」
「大丈夫」
 笑った顔は気楽そうだったから、大丈夫なんだろう。手を振る翔太に片手で応えて教室を出る。最後に振り返ったら真っ暗な教室で手を振り微笑む少年はまるっきり学校の幽霊で、一瞬背筋が凍った。

「明君と啓太郎君って同い年なんだね」
「そっちは違うのか」
「僕は14。冬馬君は17だっけな」
「14!? 中坊じゃねーか」
 むっとして翔太は頬を膨らませる。啓太郎は絶対にこんな表情しないだろうな。そっくりなのに中身は全然違っていておまけに中学生ときた。
 学校で一人になるとどこからともなく翔太が現れ、あれこれと構ってくるようになった。顔を上げたらトイレの鏡に映ってた時は驚きすぎて心臓止まるかと思った。どうやら翔太は学校に住み着いているらしい。異世界の住人というよりますます学校の幽霊だ。七不思議とかになってそうだが、話は聞かない。どうも俺にしか見えないようだった。俺の妄想か? 啓太郎にそっくりな男が?
 とにかく翔太は見えないのをいいことに適当に学校中歩き回って俺と啓太郎が同じクラスだと知り(啓太郎は普通にこの世界にいるままだった)、その真似をして俺をからかってくるようになった。冬馬君とかナントカ君の物真似も上手かったが、得意なんだろうな、演技するのが。少し背筋を丸めた上目遣いは啓太郎そのものだ。
「つーかおまえ、啓太郎の真似すんのやめろよ」
「だぁって明君面白いんだもん」
「こないだ間違って啓太郎に……なんでもない」
「なになに!? 聞かせて!」
 翔太はぎゃーぎゃーうるさい。啓太郎とは大違いだ。こいつのせいでずっと啓太郎のことばっか考える羽目になっている。
「間違って翔太郎って呼んだ」
 あまりにしつこいので仕方なく答えてやるとひっくり返って笑う。大げさなやつ。
「啓太郎君はなんて?」
「すぐ謝って親戚と混ざったって言っただけだよ。なんも面白いことねえし」
「ふーん。啓太郎君には悪いことしたな」
「おまえ啓太郎には見えねえの?」
「見えてないと思う。明君だけだよ、僕」
 つまらなそうに答える口調が酷く寂しげで、縋られたような錯覚に呼吸が止まった。
「……そっか」
 平静を装った言葉はかなり違和感のある響きを伴ったが、翔太は気にしなかった。


「翔太はなんでここにいるんだ?」
「なんでって?」
「いや、目的とか」
「知らない」
「知らないって」


「じゃあ、なら、俺のこと──」
 心臓がうるさい。短距離走でもした後みたいにばくばく言って息が上がる。言葉がつっかえてうまく喋れない。緊張と、期待だ。
「冬馬君だと思えって?」
 翔太の声は驚くほど冷たかった。俺を見上げる目は俺と対照的に冷えている。ひやりとして、うるさかった心臓が急激に動きを止める。
「馬鹿にしないでよ。冬馬君の代わりなんか誰もできない。僕も誰の代わりもしない」
 怒っている。俺の考えを見透かして、その浅はかさに。凍ったように動けない俺を見上げて、不意に翔太の目から怒りが消えて力を失って俯いた。
「……明君もそうだよ。啓太郎君も……誰にも代わりはできないでしょ」
 俯いたまま翔太は掠れた声で呟く。
「冬馬君に会いたい」
 何も言ってやることはできなかった。


「僕のこと、啓太郎って呼んでいいよ」


「……ごめん! やっぱ俺……」
「いいよ。僕も……ちょっと違うなって思っちゃった」
「……ごめん」
「ごめんね」

「……は、え、おまえ、アイドルなの?」
「うーん、実はそう」
「冬馬君と」
「そう。あと前話した北斗君と三人で」
 なんだよそれ。


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