花には月には子供には | ナノ

花には月には子供には

※微グロ

 矢後は死んだ。何度も何度も死んだ。トラックに突っ込まれて、階段から落ちて、川で溺れて、ビルの崩壊に巻き込まれて、犬に噛まれて、馬に蹴られて、とにかくあらゆる方法で死んだ。久森は何度も何度もそれを視て、その度矢後に忠告し、聞いているのかいないのか眠たげな先輩は何度も何度も生き延びた。
 久森の出会った中でこんなに死の絡みつく生き物は初めてだった。運命はあらゆる手を使って矢後を彼岸への道に引き戻そうとしている。彼はいつでも死の匂いがした。

 矢後が電柱をへし折った付近一帯にちょうど警報が出るというので、連帯責任として風雲児の二人は夜間の避難誘導に駆り出されていた。電柱の破損で停電し警報が鳴らないというのだから大問題だ。大型の予報がない時期なのは幸いだった。自分の責任を理解しているのかどうか矢後は相変わらずあくび混じりで、久森は二人分駆けずり回るはめになった。
 誘導が終わりひと気がなくなった街に中型の回遊種が出現する。停電のせいで頼りになるのは月明かりだけだったが、未来視を使って先回りし糸で拘束してしまえばあっという間だった。大鎌の一閃で怪物は霧散し辺りには夜の冷たい静けさだけが残った。
 変身を解き、久森は立ち去ろうとする矢後の腕を掴んで止める。んだよ、と喉の奥で唸る不良の親玉に怯むこともなくその手を取って目を凝らす。手の甲に血が滲んでいる。昼間のパトロールでイーター対策に視た際についでに視えた通りだ。怪我の程度までは分からず消毒液だけ持ってきたが、充分こと足りそうだった。
「怪我してるじゃないですか。消毒しますから座ってください」
「いらねー……」
「ダメです、雑菌が入るんですよ。矢後さん腐っても気付かなそうですから」
 言いつのると、早くしろ、と面倒そうに矢後は地面にどさりと腰を落とす。こちらに擦りむいた手の甲を差し出してあくびをしながらおとなしく待っている。誰のためにやってると思ってるんだと少しだけ腹が立って、ささやかな腹いせに消毒液をどばどばかけてやったが、無痛覚者には無意味だった。
 矢後は頻繁に怪我をする。擦り傷だろうが骨折だろうが彼は気付けないので、久森が指摘してやる。きっと本当はそんなもの必要ない。未来を視なくても彼は自分で運命を変える。それでも何かしてやりたかった。
 簡単な手当てを終え顔を上げると怪我人のはずの彼は舟を漕いでいた。月は白く浮かんでいる。花壇の花は眠っている。物音ひとつしない街はきっと時間が止まっている。預けられたままの手を両手で包んで、今未来を視たら何が視えるだろうと想像する。本当に時間が止まってしまえば、未来を気にすることもなくなるのに。
 矢後が死ぬところを視たことがある。何度も何度もある。跳ね飛ばされて人形みたいに宙を飛ぶ体を、あり得ない方向に曲がった首を、冷たく蒼白になった顔を、原型も分からなくなった肉片を、喉笛を噛み千切られて吹き出す鮮血を、踏み砕かれた頭蓋を視たことがある。あり得たかもしれない未来の中で、あらゆる方法で矢後は死に、久森はその度矢後を喪った。
 ひとつひとつ死を遠ざけたところで人はいずれ死ぬと久森は知っている。変えられない運命を何度も視たことがある。それでもせめて目の前では死なないように。死神でもなんでもなくいつかは死ぬただの人間に、久森がしてやれることと言ったらそのくらいだ。
20201115

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