不在の証明 | ナノ

不在の証明

※サン→ルシ前提
※あんまり幸せじゃない

「あっ、サンちゃん、もっとゆっくり……っ」
 綺麗な顔をした男はやたらと嬉しそうに喘いでいる。わざとらしい仕草に無性に腹が立って、言葉を無視して感情のまま打ち付けてやる。それでも相変わらず笑ったような顔で愚にもつかないことをぺらぺら話し続ける彼に苛立ちばかり募っていく。
 見れば見るほど不敬な顔をしている。あの完全であった御方と同じ容貌をしておきながら作る表情は全く異なってへらへらと笑う。心底不愉快だった。そんなものに背筋が冷たくなるほど興奮している自分も。
 この美しい男がサンダルフォンの部屋に突然乱入してきたのはほんの一時間程前の話だ。何をするでもなく持参した珈琲を飲みながらくだらない話を一方的に延々と続け、業を煮やした部屋主が出ていけと怒鳴ろうとしたところで、猫のようにすり寄ってきて囁いた。ねえサンちゃん、こういうことに興味はありませんか。下半身を撫でながら見上げてくる顔はあの御方にあまりにも似ていた。
 不可抗力のようなものだとサンダルフォンは思う。汗が滴ってルシオの体を濡らす。だって瓜二つなのだ。密かに憧れたあの人の顔で声で体で扇情的に振る舞われたら少しくらい反応してしまうのは仕方ない。そういうものだ。仕方ないんだ。まとまらない頭で言い訳を並べ立て、白い肌に舌を這わせる。ルシオはびくびくと大げさに背中を跳ねさせた。
「サンちゃんはっ、ぁん、結構……んっ……激しいん、ですねっ」
「うるさい……」
 喋り続ける彼におざなりに応え、黙らせるつもりで一層強く突き上げるが、一際大きい嬌声を上げ体をくねらせるばかりだった。腹立たしい。
 そこで不意に思い付いた。嗜虐心に似た感情に流され唇の端がつり上がる。このうるさく美しい男に振り回され続けて、いい加減一矢報いてやりたかった。
 耳元に口を寄せる。精一杯甘い声を出してやろうとする。
「──ルシフェル様」
 呼び掛けてすぐに後悔した。何故こんなことをしてしまったのか。愚かだった。ナンセンスだった。どうしようもない大馬鹿者だった。
 この男にあの人を重ね合わせていると自分で認めてしまった。
 姿が似ているからなんだと言うのか。表情も仕草も全く違うというのに。それを知っているのに重ね合わせたあげく欲情し失望し腹を立て八つ当たりをした。自分の行動ひとつひとつが自分の愚かさを責め立ててくるようだった。
「君なんか……少しも似ていない……」
 サンダルフォンは力なく呟く。
「喋り方も行動も思考も笑い方も全然違うじゃないか」
 それは自分への言い訳だった。あの御方はこんな者とは比べるまでもなく特別であるのだという、ただ自分のためだけの言い訳でしかなかった。
 サンダルフォンの言葉を聞いたルシオは一度きょとんとし、それはそれは、とまた嬉しそうに笑う。
「サンちゃんは私のことをよく知っているのですね」
 微笑む彼が憎らしかった。それでもここでまた何か言っても彼を喜ばせるだけだと予測は付いたから、彼の言葉を無言で認めることしか出来なかった。
20190706

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