ハロー・グッバイ | ナノ

ハロー・グッバイ

※モブと冬馬が友人
※攻めの女装

 俺があの天ヶ瀬冬馬の友達なのだと言ったら、信じられるだろうか。嘘じゃない。だって冬馬はほんの数年前までただの学生だったんだから。
 遅い朝飯を食いながら何気なく流していた日曜朝の番組の芸能コーナーに、今日もJupiterは出ていた。ライブの様子とか言って、衣装を着て汗だくで笑う冬馬たちの姿を映している。楽しそうだな。
 初めて冬馬がテレビに出てるのを見た時は笑ったのを覚えている。友達がまるで有名人みたいにアナウンサーのインタビューを受けていたんだから。それがいつの間にか誰もが知ってるアイドルだ。今じゃ友達がテレビに出ているというより、なんでテレビの中の人と喋ったことがあるんだろうって不思議に思うくらいだ。もうクラスも離れているから完全に別世界の人って感じ。結構仲良かった方だと思うんだけど。同じグループでよく話したし、カラオケとかも行った。
 そんなのも過去の栄光ってやつだ。いや、誰かの友達だったことを栄光とか言うのはちょっとダサいな。とっくに話題の変わったテレビを消して、俺は着替えに二階へ戻る。今日は模試も終わったし憂さ晴らしに友達と遊びに行く約束だった。

 待ち合わせのファストフード店でポテトを食いながら、早く来すぎたかと思っていた頃だ。
「お待たせ」
 と声がしたから、俺は顔を上げたけど、近くの席の違う男へとその女は近寄っていった。冷静に考えると今日の集まり女いないんだった。顔上げちゃったのが恥ずかしくて俺はしばらく正面を向いておくことにした。店内はかなり騒がしい。席の近いさっきの二人の言葉だけ聞き取れる。聞きたいわけじゃないけど。男の声はずいぶん低くて、女の高音だけ妙にはっきりしていた。
「それ借りたのか」
「かわいい?」
「かっ……わいくな……くはない」
「照れなくていいよお」
 目線だけでこっそり観察する。女はダボダボしたワンピースを着てでかい伊達眼鏡をして、ちょっと狙いすぎな感じはしたけど平均よりはだいぶかわいい。彼氏も素直に褒めてやりゃいいのにそんな態度じゃ逃げられそうだな、とか余計なことを思った。
「変じゃないよね?」
「まあ……普通じゃねえの」
「じゃあ今日手ぇ繋ご。いいよね?」
 いらんもん見たな。三年に上がってから俺は彼女がいないのだ。彼女欲しいな。
 二人は立ち上がった。宣言通り彼女はいきなり腕を絡める。お熱いことで。こんな一途っぽくてレベル高い彼女に、照れてんだろうけどつれない態度をとる彼氏様の顔でも確認しておくか、と俺はさりげなく首を回した。
 冬馬っぽい雰囲気のあるイケメンだな、と思った。よく見たら冬馬だった。眼鏡をしてるのと帽子であの癖毛が隠れてるから分かりづらいけど。唖然としている間に二人は出て行ってしまった。
 友達の彼女を目撃したというのと、アイドルのスキャンダルに遭遇したというのにどっちが近いかと言えばどっちも違う。なんというか俺は普通にショックだった。敢えて言うなら友達のアイドルの見たくない一面を見ちゃった感じ。そのまんまだ。
 その後友達と合流して大勢でカラオケに行ったけど、なんかあまりテンションが上がらなかったせいで、模試の出来がよっぽど悪かったのだと誤解された。まあそれは事実だけど俺はその程度でヘコむ男ではない。じゃあなんでこんなに落ち込んでんだろうな。

 その週の水曜日。冬馬が学校に来るというので昨日から話題になっていた。女子が張り切っているのが分かる。俺に彼女がいないのは多分冬馬のせいだ。体感この学校の半数くらいは冬馬ファンだから。もっとも、その冬馬には彼女がいるんだけどな、と俺は思う。言いふらしはしないけど、何かの拍子にバレたら女子がこっちに回ってくるのかな。多分ない気がする。それならモテないのを冬馬のせいにし続けておける方がいい。誰かのせいにできるっていうのはなかなか気楽だ。
 六限の体育は三クラス合同だから、冬馬もいた。時間ギリギリに駆け込んでくる。ついこの間まで当たり前だったはずなのに俺たちと同じジャージを着ているのが見慣れなくて変な感じだった。
 せっかくだし声をかけるタイミングを窺っていたけど結局その時間には話しかけられなかった。そのまま放課後になって、校門近くで帰りがけの冬馬を見かける。俺たちと同じ制服を雑に引っ掛けて、早足で半ば走るように去っていく。
「冬──」
 呼びかけは届かず後ろ姿はすぐに消える。俺の言葉なんかもう伝えられやしない。次に会えるのはいつになるだろう。もしかしたらライブとかなのかもしれない。それが俺の冬馬と持てる唯一の接点だから。
 校門を出る。小さな人影とすれ違った。ふわふわした色の薄い髪がちょうど冬馬の彼女に似ていると思った。でももしかしたら本当にその子で、迎えに来たのかもしれない。確認したくて振り返ったら普通に男の子だった。でもお迎えってのは間違ってない、あれJupiterの翔太だろ。
 迎えに来たよ、という声を背後に聞きながら、俺はぼんやり冬馬のことを考えていた。友達だったのはもしかしたら夢だったのかもしれないな。

 その晩、シャワーを浴びているときに急に気付いた。お待たせ、と、迎えに来たよ、が頭の中でぴたりと重なる。あれが同じ人物だとしたら、じゃあ、冬馬の彼女っていうのは。
 男でもいいのかよと思うと同時に俺じゃだめなのかよと思って自分でもびっくりした。俺ってそうだったのか? よく分からないけどただ悔しかった。俺だって姉がいるし運動は得意だから多分バク宙も練習すれば出来るし身長は冬馬よりやや低いくらいだし俺と喋って笑ったことだってあっただろ。
 比べてしまった時点で俺の負けだ。それが分かっているから俺に出来ることはせいぜいシャワーを最強にして顔面にぶつけることくらいだった。
20180623
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