春名と旬、区役所に行く。 | ナノ

春名と旬、区役所に行く。

 ここはパラレルワールド。国王の春名はまさに今日、お嫁さん候補である隣国の女王と初対面の予定だった。
 数時間鏡と向かい合って整えた髪型には自信がある。まだ結婚とか早いだろと思っていたが、父親を早くに亡くしており、国を担っていくために身を固めるのも必要かもしれないと理解してもいた。
 女王候補の名前は冬美というようだった。どんな女性なんだろう。優しい人だといいな、と春名は思った。
 応接間の扉が開く。美形の騎士に付き添われ、小柄な人間が近付いてくる。立ち上がって迎えた春名と、冬美というらしい女王候補はしばし無言で見つめ合った。
「……あー、えっと」
 春名が何か言おうとしたのを片手で制し、冬美は騎士を目配せで下がらせた。彼が部屋から出て行くのを確認し、冬美は息を吸い込む。
「男じゃないですか!!」
 冬美は大声で叫んだが、防音のしっかりした部屋から外に漏れることはない。それより春名の方も仰天していた。冬美の声がどう聞いても男のそれだったので。
「え! お前男!?」
「そうですよ! 僕、春名さんっていう方と結婚すると」
「春名はオレだけど、じゃ、冬美……さんは?」
「冬美は僕です、というかそれは名字です。冬美旬といいます」
「マジかよ〜……」
 よく話を聞いてみればお互い女性とお見合いすると思っていたようだった。常識的に考えればそうだろう。しかしパラレルワールドに常識など通用しない。
「ええー……する? 結婚」
「お友達からで……」
「オレ、大臣とかから早く結婚しろって言われてんだよね。オレも政治難しいなって思ってたし」
「難しいなで済ませないでくださいよ」
「ドーナツだけヒカゼイ?にしようとしたんだけど止められた」
「完全に私利私欲じゃないですか」
 話しているうちに、二人は仲良くなった。同じ災難に遭った者同士通じるところもあり、早くに親を亡くし国のトップとして立つ苦労も同じだった。国の利益とも一致するし、政略結婚も悪くないかなみたいな雰囲気になった。
「結婚ってどうやるんだ?」
「役所で婚姻届を貰ってくるんじゃないですか?」
「あ、婚姻届はあるぜ。ピンクのやつ。雑誌に付いてきた」
「めちゃくちゃ婚活してる……」
 春名が出してきたピンクの婚姻届を二人は覗き込む。
「代筆屋頼んでいい?」
「婚姻届くらい自分で書いてくださいよ」
 春名は難しいことは割と代筆屋に頼んでいた。でもこれからはジュンに頼んでいいんだ、と春名は思う。友達同士で結婚ってなんだかワクワクするな。
 書き上げた婚姻届を携え、二人は城を出た。お供はいない。区役所が近いのでそちらに向かう。

「同性同士の結婚はまだ認められていない」
 区役所のカウンターの向こうで、眼鏡の男性はそっけなく言った。
 春名と旬は顔を見合わせた。じゃあなんでこのお見合いセッティングされてんだよ、と思った。大臣が都合を付けたはずだ。国の運営が雑な証拠だった。
「困るよ! オレたち結婚しないと国がヤバいんだって」
「僕に言われても困るな」
 春名が迫っても眼鏡の男性は冷たい態度を崩さない。しかし少しは気の毒に思ったのか、名刺を差し出してきた。
「法律に詳しい知り合いがいる。僕の紹介だと言えばいい」
 名刺には桜庭薫と書かれていた。薫はその知り合いの特徴を挙げる。
「暑苦しい熱血漢で、声がでかい、アホっぽい、そんな感じだ。きっと力になろうとするだろう」
 内容はやや悪口のようだったが、どうも照れ隠しに似ているようでもあった。髪は赤に近く癖毛があるという情報も得て、二人は一旦区役所を出た。
「まずこの男性を探せばいいんですね」
「名前聞けば早かったのにな」
「…………」
 軽く言った春名の言葉に旬は固まる。春名は少し慌ててその肩を叩く。
「元気出せって! ほら、ドーナツ買いに行かね?」
「ADAM!?」
 春名が肩を押して旬をさりげなくドーナツショップのある方へ誘導しようとしたところで、遠くから叫び声がした。一人の男性がこちらに駆け寄ってくる。彼は恐ろしいほどのスピードで距離を詰め、旬の前で停止した。
「ADAM!……じゃ、ないよな……すみません、人違いで」
 もの凄い勢いで駆けてきた青年はしかし、旬を見てがっくりと肩を落とした。あまりの落胆ぶりに二人はおろおろして、去ろうとする彼を引き留める。
 旬が親友に似ていたのだとその青年、リクは言った。
「こんなところにいるわけないって知ってるんだ、本当は……でもやっぱり似てるな。もしかして、ADAMとかケヴィンって人、知らないか」
「申し訳ないですが、存じません」
「いや、いいんだ。悪いな。じゃ」
「逆に桜庭って人知らねえ?」
 春名は先ほど受け取った名刺をリクに差し出した。旬もリクを見上げて、その理由を悟る。確かに薫の言った特徴に当てはまっている気がする。しかしリクは首を振った。何かあるのかと訊いてくるので、二人が大まかに事情を説明すると、リクはいたく感動したようだった。
「そういうのいいじゃん、応援するぜ。つっても俺には何かしてやれることもねーけど……」
「応援サンキュ。絶対結婚してみせるから」
「法改正ってのはデモとか起こすのか? 俺は警官だから勧められないが……」
「ホウカイセイ……」
 春名と旬は動きを止めた。法改正をするならうってつけのポジションにいることを思い出したので。この世界ではそうなんだと思ってください。
 二人はリクにお礼を言い、走り出した。お城に向かって。だが、言ってみれば結婚に向かっているとも言えるかもしれない。二人がピンクの婚姻届を区役所に提出に行くのも遠くない未来だろう。
 おしまい。
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