ランナウェイ・ラ・クロワ | ナノ

ランナウェイ・ラ・クロワ

 放課後帰ろうとしたら、紫暮が女の人に囲まれてた。
 そういうの、いつもあるから、無視しようと思ったんだけど今日はなんだかちょっと様子が変だった。真ん中の女の人が紫暮にじりじりにじり寄って行って、その目がこう、血走ってるみたいな怖い目をしてて、そしたら巡くんが後ろから紫暮の首のところを掴んで「逃げるぞ!」って引っ張った。
 走っていく二人の後を女の人たちが追いかけてて、巡くんがあの女の人たちに巻き込まれたらきっと踏み潰されちゃうって思って俺も走って巡くんの隣に並んだ。
 そういうわけで今追いかけられてる。
「あの人たち、なんなの」
「応援してくださっている皆様だ」
「絶対違う」
「違わないさ」紫暮は頑固だ。
「お前はいつも……何でもかんでも……」
 巡くんの言葉は途切れ途切れだった。振り返ると最初は先頭を走ってたはずなのに一メートルくらい後ろにいて、顎も上がって苦しそうにしていた。
 俺が立ち止まるのとぴったり同時に紫暮も止まったからなんかちょっとイラっとした。
「ふむ、このまま逃げるのは得策ではないな」
 紫暮の息も弾んでた。俺も巡くんをこれ以上走らせたくないなって思う。だけど、ここに居たら危ない感じもする。
 三人同じことを考えていたと思う。
「はあ、はあ……二度と女性ものの服は着ないからな」
「分かっているさ。あの店にしよう」
 紫暮が先導する店に飛び込んで、店員さんと交渉する紫暮を置いて先に試着室に入らせてもらった。
 巡くんはまだぜいぜいしてて、すごく苦しそうだった。巡くんは小さいから、きっと心臓も俺より小さくて、だからすごく頑張ってるんだと思う。心配で背中をさすってたら巡くんは「大丈夫だ」っていつもみたいに苦笑いした。
 多分俺たち三人の中で一番体力があるのは俺だと思う。紫暮は隠したがるけど、たまに息が上がってる。
 術式はあんまり動かないけど、俺は前に出ていっぱい攻撃したいなって思うから、体力はつけたい。頑張ってる効果がちゃんと出てるみたいで、嬉しい。
「巡、柊。俺が三人分選んでいいか?」外から紫暮の声がした。
「絶対イヤ」
「もう購入してある」なんで訊いたの?
 紫暮が試着室に入ってくると結構狭くなった。着替えるのにはギリギリくらい。
 紫暮に手渡されたのは慣れない系統の服だった。あえて言うならちょっと敬ちゃんっぽいかもしれない。紫暮が言うにはアメリカンカジュアルっていう、そういう系統の専門店らしかった。巡くんは物珍しそうに服をくるくる回してた。
 フックに引っかけた鞄の上に着替えを置いて、とりあえず上を脱いだけど、床に置くのはイヤだし棚に置くのもちょっとイヤかもって思ってたらなにも言わないのに二人が俺に手を差し出してくれてて、俺は二人のこういうところがよく分からない。なんでこんなに親切なんだろう。俺のこと気にしてくれるんだろう。難しい。巡くんに服を預けたら紫暮は何も言わないで手を引っ込めた。


 服を着替え、頼城は前髪を手で下ろした。長い後ろ髪はどうしようかと迷う仕草を見せる奴に柊が「良くんみたいに下で結べば」とアドバイスらしいものを送った。珍しい。頼城はいたく感激していた。そうして髪型を変えてから色の濃いサングラスをかけると「頼城紫暮」らしい記号が消えてそれなりに別人に見える。こいつがどこまで計算しているのかは俺にも分からない。
 試着室の鏡にはサングラスをしたガラの悪い服の三人が並んでいた。俺は髪が目立つからとキャップも被らされている。
「……風紀を乱す前に急いで戻ろう」
 頼城は珍しく嫌そうな顔を隠さなかった。不良っぽい格好になったのがよほど不満だったのだろうな。それなりに着こなせているし。この服装で家に帰ると誤解を生みそうだと言うので、一旦合宿施設に向かうことにした。着替えも置いてあるし、多少の遠回りは仕方ないだろう。
 店を出た。この三人組は一体何に見えるのだろう。着慣れない素材の服はごわごわしていて歩くと少し気になる。だがイメージチェンジの甲斐はあったらしく遠巻きにされるばかりで俺たちだと気付かれた様子はない。あとはさっきの一団と鉢合わせないようにするだけだが、そこは柊の勘頼りだ。
 順調に進んでいたように思われたが、途中で柊が立ち止まった。
「どうした?」
「……イヤな感じがする」
「……つまり……」
 どたどたと足音が俺の耳にも聞こえた。振り返ると女性の大軍が距離を詰めて来ているのが見えた。しかも後ろだけではない、前からも来ている。その上明らかに最初より規模が大きくなっている。どういうことだ?
「巡! 柊!」
 頼城が叫び、走り出した後ろ姿を俺たちは追った。路地に飛び込み塀を越えてビルの敷地内に入る。どうやら頼城のつてがあるらしい。ビルの屋上までエレベーターで登るとヘリコプターが待っていた。やれやれ、こうもちょうどいい場所に待機させられるものか。頼城紫暮は底が知れない。
 ヘリの中で聞くプロペラの爆音もいつの間にか慣れたものだ。サングラスを外し街を見下ろす。黒山の人だかりがこちらを見上げている。一体どうしてこんなに増えた?
「愛されているな!」
 右隣で頼城が前髪をかき上げる。左隣の柊が食ってかかる。ヘリの音で聞こえないふりをして俺は目を閉じる。なんだっていつもこいつらは俺を挟むんだ。今日は疲れた。


 どうも俺たちを追いかけるのがアトラクションか何かと勘違いされていたらしい。ならばとヒーローと追いかけっこをする交流会を考え、先に巡に提案してみた。
 巡は激怒した。
20200926

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