いつか神様になる君へ | ナノ

いつか神様になる君へ

※冬馬くんが怪我してる
※モブと親しく会話するシーンあり

 アマガセトウマのことを知らないというのはかなり非常識なことだったらしい。僕の数少ない友人の一人は、僕がそのアマガセ氏を知らないと言ったらひどく驚いた顔をした。
「お前と同じクラスじゃん」彼は言った。「逆になんで知らないんだよ」
 なんでも何もない。興味なかったから、と僕が答えたら友人は呆れたようだった。
 クラスに一人、あまり学校に来ない男がいるのは知っていた。僕はてっきり不登校なのだと思っていた。いわば落伍者だと。ところが彼はアイドルなのだという。それも今大人気の。そんなに人気なら学校に来たとき大騒ぎになってそうなのにね、と僕が言ったら友人は「あいつちやほやされんの嫌いそうだもんな。普通に接した方が好感度高くなれるってみんな思ってんじゃね」と知ったような口をきいた。話したことがあるのかと思ったら「あるわけないだろ」ときょとんとされた。
「てかマジヤバいよな。骨折して一時休業だろ? 人気保てるのかね」
 友人は面白がるように言う。そう、アマガセ氏が舞台から転落して足の骨を折ったというニュースが飛び込んできたのはつい今朝の話だ。事務所の発表によれば数ヶ月はほとんどの仕事を休止するらしい。僕はちょうどテレビでそれを観ていて、たかだかアイドルにここまでニュースの時間を割くなんて平和なんだか呑気なんだか、と思ったのを覚えている。そのときはまだアマガセ氏が同級生なんて知らなかった。
「もし学校来たらお前、拝んでおけよ。なんか御利益あるかもだし」
 偏差値上げてくれるかな、と僕は笑った。

 アマガセ君はでかかった。身長も高いし松葉杖を突いているせいもあるんだろうけど、なんかこう、オーラ的なものが出ていて一層大きく見せていた。芸能人ってみんなこうなんだろうか。それとも人気アイドルだから? 逆にオーラがあるから人気アイドルなのか?
 アマガセ君の席はちょうど教室の真ん中辺りだ。普通学校に来ない奴の席って一番後ろにされるものだと思うけど、なぜか彼はそうじゃなかった。友人が言ってた、特別扱いが嫌いとかそういうのが関係あるのかな、と僕はぼんやり想像した。彼はなんでも許されるのかもしれない。なんか顔怖いし。確かに整った顔立ちなのは間違いないけど。
 芸能人で人気者で顔が良くてこの世のイケメンに付属する褒め言葉全てが当てはまるような人だ。性格的なことは知らないけど。僕の人生には関係ないなと思った。僕はただ、今はひたすら偏差値を上げていい大学に行かなければいけないんだ。彼は偶然人生においてすれ違っただけの──それが幸運だかそうでないのかよく分からないけど──ただそういう興味深いだけの人だ。僕にとっては。
 松葉杖を突いて不自由そうに移動する彼の周りには人だかりができている。争うように彼の荷物を持ち、道を案内し、椅子を引く。まるで王様と従者たちだ。彼がどんな表情をしているのかは全然見えないけれど、きっと当たり前みたいにそれを享受しているんだろう。
 あまりに人だかりが酷いせいで、結局保健係の人が彼の手助けをすることに決められた。どうやらアマガセ君は足が治るまで学校に通うらしい。朝のホームルームで「だからあまり天ヶ瀬の周りで騒ぐな」と先生が言うと、アマガセ君はぼそっと「すみません」と言った。

 天ヶ瀬君のいる生活にも、だんだんみんな馴染んできた。ちょうど転校生が来たときの感じに似ている。未だに「僕らとは違う」って違和感はあるけど、それでも前みたいに露骨に囲まれたりすることはなくなった。天ヶ瀬君もつるむメンバーが決まってきて、いつの間にか世話係はその人たちに変わっていた。
 僕はと言えば相変わらずだ。成績は志望校ギリギリのままなかなか上がらない。クラスの違う友人とわざわざ落ち合って昼食を摂るぼっちっぷりも変わらない。
「お前のクラス、文化祭何やるの」
 友人に訊かれて、そういえばそういう時期かと思い出す。高校三年の秋だ。うちの学校は全学年クラス別で何かやらなきゃならないけど、三年はだいたい机を並べて休憩スペースと言い張る出店をするから、多分それだろう。そう言ったら友人も「うちもそれ」と笑った。
「お前のとこアレいんじゃん。天ヶ瀬冬馬。アレに売り子やりゃせりゃあ超儲かりそうなのにな。俺ら三年だしなあ」
 友人がため息を吐く。それからは愚痴合戦になり、チャイムが鳴るまで続いた。
 それから僅かな休み時間を使って投票をし、僕たちのクラスの出し物は休憩スペースに決まった。だろうね。休憩スペースに何が必要なんだか分からないけど、会計とか備品係なんかも決めなくちゃいけないみたいで、じゃんけんをやらされた。僕はとにかくこういうのに弱くて、嫌な予感はしていたけど備品係になってしまった。本当についてない。委員長は「ちょっと書類書くだけだしすぐ終わるから」って申し訳なさそうに言ってくれた。
 放課後、委員長は文化祭会議に出て、僕はそこで配られる書類を彼が持ってくるのを待っていた。会議と言っても三年生もいるしすぐに終わると思っていたのに、結構長く待たされて、教室は空っぽになってしまった。
 いや、もう一人いた。天ヶ瀬君だ。授業プリントを広げて机に張り付いている。僕はもう自習に飽きてしまっていて、それに誰もいなかったし放課後の解放感とかもあって、謎の大胆さを発揮し彼に話しかけていた。
 天ヶ瀬君は僕の名前は知らないみたいだったけど顔は分かってくれてるみたいだった。迎えを待ってるんだ、と彼は言った。
「今日やっと、久しぶりにボイトレなんだ。真っ直ぐ立てねえと何にも出来ねえんだな……」
 天ヶ瀬君はギプスを見下ろす。今日取れるらしい。良かったね、と僕が言ったら彼は本当に嬉しそうに笑うものだから、こっちまで嬉しくなって、それから少し胸が痛くなった。だって彼はじゃあもう学校に来ないんだ。
 アイドルって、楽しい? 答えは分かっていたけど訊いた。天ヶ瀬君は頷いて、「いろいろあるけどな」と付け足した。
「もちろんどんな仕事にも全力だが、ライブとか握手会とか、ファンと直接会うのが一番楽しいぜ」
 彼はきらきら笑った。それから僕たちはにわか仲良し風にいろいろ喋った。彼は機嫌がいいのかよく笑ったし、ちょっとした裏話も話してくれた。床で寝るアイドルがいるとか。なんだそれ。
 なんだかすっかり仲良くなった気分で、僕は浮かれていた。じゃあさ、と僕は訊いた。天ヶ瀬君って、恋人はいないの。女優さんとかと知り合いになれるんでしょ。
 僕はてっきり、笑って否定されるのだと思っていた。
「──いないよ」
 想定よりずっと静かな声で、彼は答えた。驚いて顔を上げたら彼は柔らかく微笑んでいた。電気を点け損ねた教室で、窓からの夕陽に照らされて、きっと今の彼は今までのどの瞬間より美しいんだろうと、僕は愚かな確信を抱いた。ファンでも何でもない僕が見てしまっていいんだろうかと一瞬過ったけど、多分その瞬間に僕はファンになっていたんだと思う。
 完全に思考を停止した僕が固まっていたら天ヶ瀬君の携帯が鳴った。画面を確認した彼が窓の外を覗く。つられて外を見ると駐車場の端に派手な赤い車が停まっていた。
 迎え来たわ、じゃあな。またねとは言わなかった。天ヶ瀬君は鞄を背負ったまま器用に松葉杖を突いてひょいひょいと出て行った。ほとんど足を気遣う様子を見せない動きに、本当に足は治ってしまったんだなと、僕は喜ぶべきことを惜しんでしまう。酷いやつだ。
 はっと気付いて窓に駆け寄る。ギリギリまで天ヶ瀬君の姿を見ていたかった。今彼はどの辺りだろうか。まだ階段をゆっくり下っているところだろうか。
 赤い車から誰か降りてきた。上からだとよく見えないその人は緑のパーカーか何かを着ている。そのまま歩いて学校の正面玄関の屋根に隠れてしまった。と思ったら出てきた。天ヶ瀬君と並んで。
 ひょこんひょこんと松葉杖を突きながら歩く天ヶ瀬君と、それに並んで歩く誰か。何か違和感がある。じっと考えて分かった。天ヶ瀬君の歩くスピードが遅すぎるんだ。さっきと比べて。
 不意に胸にぴりぴりした感覚が走る。まさかとは思うけれど否定できない。極端にゆっくり歩くとしたらどうしてだろうか。隣にいる人と少しでも長く過ごすためじゃないか。そうしたい相手がいるとしたら、それはきっと、ついさっきいないと言われた存在なんじゃないか。
 一歩一歩、天ヶ瀬君はゆっくり歩いていく。隣の誰かもそれに合わせてのんびり歩みを進める。僕は息を詰めてそれを見守る。僕は二人とは全く関係ないけど。彼らは僕のことなんて知らないだろうけど。それでも僕は二人のために、少しでも時間がゆっくり流れるよう祈っている。
20180505
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -