Jupiter遭難日記 | ナノ

Jupiter遭難日記

 理由あってJupiterの三人は無人島に流れ着いた。砂まみれのジャージを払い、三人は砂浜に座り込む。さっきまで乗っていた船は影も形も見えない。一面の海原と砂浜、そして背後には森。三人の他には誰もおらず、目を凝らしても他の島も見えない。
「……どうしようね」
「どうしようもねえな……」
「僕怖いよ……」
「よし、とりあえず」
「とりあえず?」
「家から造るか」
 冬馬はめちゃくちゃ前向きだった。三人はまず流木を拾い始める。木は森に死ぬほど生えていたが、森の中に分け入るには勇気が要ったし、そもそも木を切る道具など無い。ひとまず五メートル四方ほどの土地に流木で区切りを立て、冬馬は二人の顔を見る。
「家の建て方分かるやつ居るか?」
「…………」
 居る訳なかった。
 仕方がないので家は一旦諦め、砂浜にSOSを書くことにする。
「それと狼煙も上げようか」
「討ち入りでもするのか?」
「どこに? 合図だよ」
「討ち入りのか?」
「冬馬討ち入りから離れて」
 北斗は拾い集めた流木を組み始める。冬馬は火を熾そうと木を摺り合わせる。翔太は横になって昼寝を始める。冬馬は手を止め翔太の首根っこを引っ張ってきて火熾しに加える。おまえも燃やしてやろうか。やめてよ冬馬君。北斗君の方が量が多いよ。ははは物騒だなあ。
 だが実際問題彼らは食料を持っていなかった。森に入れば何かしらありそうではあったのであまり心配はしていなかったが、水もない。
「よし、俺はちょっとそこらを見てくる。火が点いたらこれを燃やして煙を立てておいて」
 木を組み終わった北斗は海沿いに歩き出した。川は海に流れ出るので、海沿いに行けば水が確保できるかもしれないという計算だ。
 数分歩いたところで都合よく小さな川を見つけた。真水であることを確認し、飲めそうだと判断する。拠点を少し移した方がいいかもしれないな、などと考えながら戻った北斗が見たのはキャンプファイヤー並に燃え盛る炎とその側に倒れる二人だった。
「冬馬! 翔太! どうしたんだ!」
 急展開に慌てて北斗は砂浜を駆け、二回ほど転びかけつつ五十メートルを一分かけて走りきった。
「おう、おかえり」
 冬馬は半身を起こして手を上げる。丸まっていた翔太も顔を上げる。北斗はがっくり膝に手を付く。
「はあ、はあ、二人、とも、倒れて、たから、はあ、なんか、あったのかと、」
「息整えてから喋れよ」
「ひっひっふー……なんで倒れてたの?」
「倒れてねえよ。SOSを書いてたんだろ」
「……え?」
 よく見ると冬馬の膝は直角に曲げてある。横向きに寝転がった姿勢で、丸めた背中と顔の前へ突き出した腕と合わせるとなんとなくSの字に見えないこともなくもない。まさか、と翔太を見ると丸まっていると思っていたが身体を二つ折りにして爪先を手で掴んでいた。Oということらしい。
「ほら、北斗が最後のSだぞ」
「マジで言ってる?」
「僕は反対したんだよ」
 翔太は身体を戻して立ち上がる。あ、コラ、と言いながら冬馬も立ち上がる。姿勢がキツかったのか二人で体操を始めた。
「いやあ……二人は本当に面白いね」
「冬馬君と一緒にしないでよね」
 燃え盛る火の側で体操に励む二人はまるで儀式でも行っているかのようだった。
 北斗はキャンプファイヤーを見る。なぜここまで大きくなっているのか、明らかに自分が組んだものより大きい木組みを眺めながら、面倒だから訊かないでおこうと北斗は決めた。ちょっとツッコみ疲れていた。
「そうだ、川を見つけたんだよ。ちゃんと飲めそうだ」
「僕ミネラルウォーターしか飲めないんだけど〜」
「わがまま言うな」
 三人は連れ立って川に歩いていく。辿り着くなり翔太はさっそく裸足になって川に入り、冬馬に水をかける。冬馬も応戦する。ベタな青春ドラマのような光景に、北斗は微笑みスマートフォンで写真を撮ろうとするがジャージのポケットには入っていなかった。漂流時に落としてしまったのだろうか。思わず北斗は絶叫し二人はぎょっとして動きを止める。
「ど……どうした北斗」
「いやちょっと……スマホをなくして……」
 うずくまって珍しく落ち込む北斗に二人はおろおろする。
「ほら……元気出せって。蟹取ってやろうか?」
「エンジェルちゃんの連絡先とか入ってたもんね……」
「いや、連絡先はバックアップがあるんだ……。あと蟹はいらない」
 どんよりしたまま北斗は答える。
「じゃあ何がそんなにショックなんだ?」
「ダウンロードしたグラビアとか?」
 北斗は首を振る。
「写真だよ……二人の」
「なーんだ! そんなのいつも撮ってるじゃない」
 二人はほっとして笑うが、北斗は落ち込んだままだ。
「今日の二人は今日にしかいなかったんだよ……」
「今日? 昨日までのはあるのか」
「毎日バックアップ取ってる」
「さっすが北斗君は几帳面だよね」
「はあマジでショックだ……冬馬……翔太……」
 北斗は深くため息をつく。二人はやや引きながらも北斗を慰める。
「まあ、ね、どうせ今日の分だけでしょ? まだ午前だし」
「元気出せ、ほら、蟹だぞ」
 冬馬は小さな沢蟹を差し出す。受け取って手のひらでしばらく弄び、北斗はようやく立ち上がる。
「うん、そうだね。俺らしくないね」
「やったね、北斗君復活! だね」
 三人は蟹捕りに興じる。流れ着いていたぼろぼろのバケツに集め、小川を後にした。
 申し訳程度の流木の囲いに戻ると、キャンプファイヤーの火を分け、蟹を焼く。今日の昼食だ。三センチ程度の蟹では食べるところなどほぼ無く、食べ盛りの男性たちにはとても足りない。
 三人は振り返って、森を見る。道具の無い状態で魚を狙うよりはなんらかの果物や山菜の方が現実的に思えた。
「僕マンゴー食べたい」
「奇遇だね。俺もだ」
「あるといいけどな」
 山に分け入ることにした。先ほどのバケツを片手に、斜面を慎重に登っていく。途中で北斗が足を滑らせたり小鳥を口説き始めたりなどのハプニングはありつつなんとか頂上らしき地点に到達した。
「ここからなら海の様子が見えるんじゃないか?」
「でも木が邪魔であんまり見えないよ」
「俺が翔太を肩車しようか。で冬馬は俺を肩車してくれ」
「正気か?」
 北斗はしゃがみ、翔太はその肩に座る。北斗が立ち上がると翔太は背筋を伸ばして目を凝らす。
「なんかすごい煙立ってる」
「それ二人が立てたやつだね」
「討ち入りの合図とかじゃねえの?」
「逆に冬馬はなんで討ち入りにこだわるの?」
「あとは海しか見えないなー」
 北斗は振り返って冬馬に肩車するよう促すが無理なので丁重にお断りした。
 辺りを見渡す。果物らしいものも見えない。仕方ないので下山することにする。途中で北斗が小鳥の大群に攫われかけたり道に迷った神谷とすれ違ったりしたがなんとか浜辺に下り着いた。
「いやちょっと待て! 今神谷さんいたよな!?」
 三人は慌てて来た道を戻る。頂上付近で神谷を見つけた。その側には東雲もいる。
「おや。Jupiterのみなさん。こんにちは」
「こんにちは。お二人はどうしてここに?」
「私は神谷を捜しに。神谷は卵と牛乳を買いに」
「気が付いたらここにいたんだ」
「な、なんだかよく分かりませんが、俺達もここで遭難してしまって困っているんですよ」
「なるほど。では私がご案内しましょう。迷子の誘導なら慣れていますから」
 迷子とかいうレベルか?と三人は顔を見合わせるが、東雲が自信たっぷりなので任せることにする。
「どうやって帰るんスか?」
「お借りしたこちらのマジカルデッキブラシを使います」
「マジカル……デッキブラシ……?」
 東雲は担いでいたデッキブラシを構える。
「やあああ!!」
 気合いを込めて振りかざし、地面に立て、ぱたんと倒れた方向を指差す。
「あちらです」
「マジかよ……」
 しかし今は東雲以外頼る者はいないので、彼を先頭に四人はぞろぞろと着いていく。ところどころでデッキブラシを倒し道を選ぶ。気付くといつの間にか森を抜け、コンクリートの道路に立っていた。
「マジかよ!?」
「さあ、あと少しです。神谷から目を離さないでくださいね」
 三人が手を繋いだ三角形の中に神谷を囲むようにして進む。歩きづらいので翔太を大将に据えた騎馬を組んだ。割と人通りも出てきたのでやめた。
 そして数十分後、五人は事務所の前に立っていた。
「なんだかよく分からねーがありがとうございます!」
「いえ。無事に帰りつけて良かったです。ところで神谷、卵と牛乳は」
「買えてないね」
 神谷と東雲はスーパーへと去っていった。Jupiterの三人は顔を見合わせる。さっきまでの無人島での冒険は急に現実味を失っていた。集団幻覚かなにかでも見ていたのだろうか。だがジャージのポケットに手を突っ込んだ北斗が声をあげた。
「どうした?」
「いや、スマホがない……代わりにこれが」
 北斗が手を広げるとそこには沢蟹が乗っかっていた。
 スマホは後日買い換えた。
20180303
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