おそらのほしよ | ナノ

おそらのほしよ

 天ヶ瀬冬馬は言わずと知れた有名アイドルであり、そして俺のクラスメイトでもある。と言っても仲がいいどころか話したこともない。向こうは俺の顔すら知らないかもしれない。まあ、俺だって男のアイドルを追っかける趣味なんてないので、クラスメイトでもなければ彼のことなんて多分まともに知らなかっただろう。
 俺に女兄弟はいないし、母親も若いアイドルには見向きもしないタイプだったので、サインを貰ってこいとか言われたことはなかった。言われても困るからそれでいいんだけど、せっかくなのにな、とは思う。俺は天ヶ瀬冬馬のクラスメイトなんだぞ。誰も知らないんだろうか。
 クラスメイトがたまたまアイドルだったのか、アイドルがたまたまクラスメイトだったのか。どっちにしろ彼は目立つ存在で、だから俺は結構彼のことを気にしていた。気にしてしまうことがちょっと悔しくもあった。自分の価値が、アイドルのクラスメイトであるというところにしかないと認めているようなもんだから。俺は天ヶ瀬冬馬が嫌いなのかもしれない。

 久しぶりに天ヶ瀬冬馬が学校に来た。クラス中、少し浮ついた雰囲気が漂っていて、それなのにみんなそれを隠したがっている。冬馬くんはごく当たり前に私達のクラスメイトです、みたいな顔をしたいのがバレバレで、ちょっと笑えるくらいだった。
 かくいう俺もその中の一人でしかないんだけど。気にしていないように装って、バレないようにその姿を盗み見ている。俺の席は彼より後ろなので都合がいい。ただ黒板との直線上にいるので頭のてっぺんの毛がちょっと邪魔だった。
 俺も成績がいい方じゃないけど、授業にろくに出られていない天ヶ瀬冬馬はさらに輪をかけて酷かったはずだ。今は昨日の続きが黒板に書かれているはずだけど、ちゃんと授業に出ていた俺にもちんぷんかんぷんだ。メモをとるのも放棄して、ただ天ヶ瀬冬馬が首を捻りながら黒板を写しているのを眺めて時間を過ごした。きっとあいつも理解できてないはずなのによくやる気になるな、と思う。そういうところもちょっと嫌いだ。
 先生がジョークを言った。教室に静かに笑いが広がる。俺も下を向いて笑いを堪えて(大笑いするのは俺のキャラじゃないので)、それから顔を上げたら黒板への直線上で冬馬が困ったように周りをチラ見していた。ああ、そうか、このジョークは先週くらいの授業の文脈がないと分からないんだな。そう思い当たって、少しだけ優越感に浸った。なんて小さい人間なんだろうな、俺は。

 そうやって一日が過ぎていく。休み時間になると、一部の奴らが冬馬に声をかけにいく。有名人と友達ぶりたい奴らとか、あるいは有名人だけど俺はそんなこと気にしないぜ!ってアピールしたいのが見え見えの奴ら。冬馬も可哀想に。
 六限は体育だった。みんな体操着を掴んで更衣室へ駈けていく。冬馬は時間割を確認して、分かりやすく顔を輝かせた。今までの授業はクソつまんなそうな顔してたくせに。
 更衣室でも俺は偶然にも冬馬の後ろから着替えが眺められる位置についてしまった。もちろんわざとじゃない。あんなデカくてチャラい男の着替えなんかさすがに興味ない。ただ、目に入るから眺めているだけだ。
 冬馬がワイシャツを脱いで、俺はちょっとびっくりした。首にネックレスがかかっていたから。校則違反だ。さすが芸能人は違うな、と嫌味っぽく思う。冬馬はうつむいて、長い指で髪をかき分けて、ネックレスを外した。その仕草にほんの少し、ほんの少しだけドキッとしたのは多分奴の髪が長いせいだ。
 みんなが更衣室を出て行く。冬馬に見とれていて俺は全然着替えていなかった。慌ててジャージに着替えた頃には更衣室は空っぽになっていた。
 俺も出ようとして、ふと足を止める。
 冬馬が着替えていた棚。軽く畳まれたシャツの上に、ネックレスが置いてある。
 目を引かれて、俺は何故かそれを手にとっていた。
「何してんだよ」
 低い声が更衣室に響く。驚いて大袈裟なくらい肩が跳ねた。ぎこちなく振り返ると入り口のところで冬馬が腕組みして壁にもたれていた。見たことないほど怖い顔をして。
「それ俺のだろ。ずっと俺のこと見やがって」
 固まった俺に冬馬はすたすた歩み寄ってきて、俺の手からネックレスを奪い返した。違うんだ、盗みたかったわけじゃないんだ。そう言おうとしたけど、とても声なんて出せなくて、それにじゃあなんでって言われても俺には答えられなかったから、俺は黙って立っていた。
「行けよ」
 冬馬が顎でドアを示す。俺はそれに従った。更衣室を出たところで、冬馬も出てきて俺を追い抜いた。そのまま走っていく。そろそろチャイムが鳴るだろう。俺も急がなければ。でも俺はそこに立ち尽くしていた。少しだけ期待していたかもしれない。彼が振り返って、テレビで見るような綺麗な笑顔で、気にしてないぜって笑うのを。
 だけど当然そんなことは起こらなかった。後ろ姿は角を曲がって見えなくなった。
 きっと俺はこれから天ヶ瀬冬馬の出るテレビやなんかを見られなくなるだろうという予感があった。書店で雑誌コーナーにも立ち寄れないかもしれない。広告に選ばれたらそれも買えない。不自由な生活だろう。そして多分きっと、天ヶ瀬冬馬は俺のことなんて顔も覚えていないだろう。もしかしたらいま既に。ネックレスを盗まれかけたことは覚えているかもしれないけど。
 チャイムが鳴った。一人きりで聞くそれは今までよりずっと冷ややかだった。手のひらにネックレスの微かな冷たさを思い出しながら、俺は呆然と立ち尽くしていた。
20180114
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