アディクション | ナノ

アディクション

※未成年喫煙

 見つかったと気付いて心臓が一瞬停止した。黒井は凍りついた冬馬の顔とその手にある煙草を見比べて、顔を歪めて鼻を鳴らした。怒鳴られる、と身構えたのに彼は「見つかるなよ」とそれだけ言って立ち去った。止まったはずの心臓はまだきちんと動いている。煙草は煙を上げ続けている。冬馬は緩慢な仕草で火を消した。何故だか裏切られたような気分になっていた。

 煙草を特別吸いたいと思ったわけではなかった。かと言ってただの好奇心と言ってしまうのも違う気がする。退屈しのぎとかあるいは一種の慢心からくる自暴自棄とか、そういう類のくだらなくってみっともない理由から、冬馬は煙草を吸い始めた。
 旨いとも思わない。苦くて煙くて、おまけに髪にも服にも匂いがつく。吸っているところこそ見られないように気を付けてはいたが、一部のスタッフはとっくに気付いているだろう。冬馬は言うまでもなく未成年だったし、トップアイドルと言われるようになったからにはそれに見合った分の悪意が向けられているはずで、だからこんなスキャンダルの種をわざわざ蒔くような真似をしていてはいけないことくらい分かっていた。しかし一度習慣になってしまえば止めづらい。量は少しずつ増えていく。いつでも止められると嘯いて気付かないふりをしていたが依存していた。
「冬馬君また煙草?」
「悪いかよ」
「僕まだ子供だしな〜」
「出てくか?」楽屋のドアを指す。
「酷くない?」
 翔太は嫌な笑い方をして、身体を反らしてわざとらしく距離をとる。構わず火をつけた。メンバーの二人には隠す必要も隠し通す自信もなかったので吸い始めた頃から堂々と目の前で吸っている。
「一本ちょうだい」
 返事も待たず翔太はパッケージから一本抜き取って、口に咥える。無邪気このうえない顔の造りに合わさってお菓子のようにさえ見えた。そのまま咥えた口を突き出してくるものだから冬馬は仕方なく火をつけてやった。
 煙を吸い込むなり翔太はむせて、煙草を突き返してくる。「なにこれ、まっず、いらない」咳き込みながら火のついたままのそれを押し付けられそうになって、冬馬は慌てて翔太の腕を掴む。煙草をもぎとる。
「危ねえだろ!」
「こんなの何が楽しくて吸ってんの? マゾなの?」
「知るか」
 二本に増えた火のついた煙草をどう処理すべきか頭を抱えた。

「ねえ、一本ちょうだい」
 翔太はまた勝手にパッケージから抜き取って差し出してくる。火を点けてやると煙を吸い込んでわざとらしく咳き込む。やっぱりいらない、と返してきた煙草をそのまま咥える。最近は毎回こうだ。翔太が一口吸った煙草だからと言って価値は上がりも下がりもしない。ただの嗜好品だ。翔太は「間接キスだね」と笑った。それが付加価値とでも言いたいのか。

 そして事務所を辞めた。酷い裏切りだった。怒り狂ったふりをしていろんなものから目を背けた。悲しいなんて感じちゃいけないんだ。
 一からのスタートは一片の曇りもなくしたかった。まだ半分以上残った煙草は箱ごと捨てた。しばらくは苦しんだがそれもやがて薄れ、身体の調子もずっと良くなった。歌もダンスもきっと前より上手くいくと、そう信じられると思った。
「冬馬君最近煙草吸わないね」
「もう止めたからな」
「へええ」
 翔太はつまらなそうな顔をする。こいつも依存していたのかもしれない。見ていると翔太は近付いてきてあっさり口づけてきた。あまりに自然だったのでそういうものだと納得してしまって、疑問は抱かなかった。立ち去っていく後ろ姿を眺めながら、きっとこれはエスカレートするんだろうな、と思った。煙草の量が増えるみたいに。何か害はあっただろうか。あったとしても煙草よりマシには違いない。あるいは無害でもっと酷いか。何にせよ拒絶はいらなかった。
20171218
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