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「シェイクスピア?」
「そう。ロミオとジュリエット」
 北斗は文庫本から顔をあげる。冬馬は首を傾げた。仕事に関係あることだっただろうか? 訊ねると北斗は苦笑して、趣味だと答えた。わざわざ趣味で古典を読むというのは冬馬には理解し難く、曖昧な返事をする。少ない知識をかき集めて、あれだろ、あなたはどうしてってやつだろ、と知ったような口をきいた。北斗は全部見透かしていて、そうそれ、と笑った。
「シェイクスピアの有名な悲劇だよ。親同士が政敵で」
「悲劇なのか」
「死んじゃうからね」
 死んじゃうのか、とぼんやり復唱する。
「でもね、恋愛喜劇ととれないこともないんだよ。愛のために戦う、その姿を」
 悲劇か喜劇か、愛のために生きて死んだ二人を想像する。あなたはどうしてロミオなの。二人は愛を後悔しない。ただ生まれを嘆きそして戦った。
 自分に当てはめるなら、と冬馬は考える。お前はどうして、

□ □ □

 ステージの上に圧倒的な力で以て君臨する天ヶ瀬冬馬が、たったひとりの、まだ幼ささえ残す少年からの愛を熱望しているだなんて誰が思うだろう。彼らは実際に恋人と呼び合える関係ではあったけれど、そのことを知っているのはお互いだけで、そして公表できる立場でもなかった。だから問いかけたくもなる。どうしてお前は。なんで俺は。望んで得た肩書きではあったけれど。
 冬馬の家のソファの上で、膝の上に翔太を乗せて向かい合わせに抱き合ったかたちでひたすら唇を合わせる。それ以上のことは経験がない。お互い知識が乏しかったので。それでもこのつたない行為は冬馬にとってはこの上ないよろこびであって、それは相手も同じだろうと知っていた。
「好き、大好き……愛してる」
 翔太が少し上擦った声で囁く。愛してるなんて陳腐な言葉。彼らがずっと歌ってきた見せかけの愛と同じ言葉で、翔太は本物の愛を伝えようとする。
 仮死の毒はきっとこの愛だった。アイドルの天ヶ瀬冬馬はいま確かに死んでしまって、だからここにいるのはただの少年でしかない。きらきら光るすべてを失ってしまったというのに彼は笑っていた。愛に死ぬとはどれだけ幸福なのだろう。
 ロミオを侵した毒を、ジュリエットを貫いた短剣を、たぶん彼らも持っていた。そのことに気付いてもいた。仮死の毒はそれでも毒には違いないから。けれど彼らは愛する作法を知らなかった。愛したいと叫びながら誰が教えてくれるでもないそれを幼稚に求め、歌われたやり方を真似るだけだ。だから彼らは死ねなかったしそれはきっと救いであり呪いであった。彼らは自分の愛を自分のものにはできない。
「冬馬く……」
 名前を紡ぎかける唇をふさいだ。ほとんどゼロ距離で視線がかち合う。名前なんて必要ないだろ? 笑って見つめてやると熱を孕んだ瞳が揺れる。おそらくは自分も同じ目をしているのだろう。触れ合ったところからじわじわ熱が溶け出して腰の辺りで渦を巻いている。それをどうすることもできないけれど。
 お互いの目にはお互いしか映っていない。死にぞこなった二人には今はまだ二人の世界が残されている。笑いたくなるような、泣きたくなるような、不思議な気分だった。
 それは紛れもなく歓喜だった。だからこれは喜劇に違いないのだ。
20171022


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