novel23 | ナノ

 冬馬が事務所に入っていくと、翔太はまたソファで寝ていた。やれやれとため息をついて、ずかずか歩み寄って翔太の肩を揺する。

「オイ、起きろよ」
「ううー……」

 思いのほか不機嫌そうな唸り声をあげられて、冬馬は一瞬ひるみ、それから気にしていない風を装ってぎくしゃくと向かいのソファに腰掛けた。まさか、びびったなんてことあるわけがない。翔太だぞ? 無意味に虚勢を頭に並べて、まさか誰かが見ていやしなかったかと慌てて辺りを見回した。
 ローテーブルの上に何か金属の塊のようなものが乗っているのが目に入った。手のひら程度の大きさのそれを何気なく取り上げる。ぐちゃぐちゃの鉄くずに見えるが、側にパッケージが置いてあった。知恵の輪のようだ。
 力任せにがちゃがちゃいじってみる。引っ張ったりひねったりしてみるが、少しも変化したように見えない。パッケージには星が五つプリントされていて、相当に難しいものであることが察せられた。

「冬馬君、それ」
「あ、これお前の? 悪ィ、勝手にやって」

 いつの間にか翔太が身体を起こしていた。ついさっきまで眠っていたとは思えないほど静かな瞳をして、冬馬をまっすぐ見つめてくる。手元の塊が少しも形を変えていないのを見て取ると、翔太はつまらなそうに肩をすくめた。

「いいよ別に……出来てないし」
「は……すぐ出来る!」
「僕もうそれいらないから好きにしていいよ」
「外せたのか?」
「ううん。なんか……飽きちゃった」
「もったいねーな」

 冬馬が呟くと翔太は不満げに顔を歪めた。

「だって出来ないんだもん。いらないよ、ホントに……もうやだ」
「そんな簡単に諦めんなよな」

 慎重に金属の端を引っ張って、隙間を通そうとする。捻りつつ力を加えると、少し進んだ。

「ほら! 見ろよこれ! ちょっと動いたぞ」
「……ほんっと単純だよねー……」

 自慢げに見せびらかす冬馬に、翔太は呆れ顔でぼやく。こっちが馬鹿みたいじゃん。夢中でがちゃがちゃやり出した冬馬には聞こえていない。翔太は立ち上がって冬馬の隣に移動する。

「やっぱり返して。僕もやる」
「ちょっと待てって、なんかいけそう……」
「えー? 僕がやった方が早いから!」
「んだよ急に! いらないとか言ったくせに」
「冬馬君がやってるの見たら面白そうに見えたの」
「しゃーねえなあ」
「もともと僕のだからね?」
「なんで急にこんなん持ってきたんだ? 買ったのか?」
「買った。気晴らしになるかと思ってさ」

 知恵の輪を見つめていじりながら翔太は答える。冬馬はその手元を隣で眺めている。細い指先が先端をひねるとまた少し動いた。二人して歓声をあげる。

「案外面白いね、これ」
「お前が買ったんだろ」
「諦めてあげようかと思ったけどやっぱり止めるね。冬馬君、これよりよっぽど単純だったし」
「はあ?」
「褒めてる褒めてる」
「嘘くせー!」

 冬馬が掴みかかると翔太は笑いながら素早く立ち上がって逃げていく。冬馬も立ち上がって追いかけだしたところで、ちょうど北斗が入ってきた。二人は立ち止まる。

「おはよう、二人とも。元気だね」
「おはよ。元気だよ」
「揃ったしレッスン行くか!」

 ちょっと待ってて、翔太は言って、鞄に知恵の輪をしまう。うっかり出しっぱなしにしておくと誰かが外しかねないので。

「こればっかりは僕が解きたいからね」

 翔太は一人笑って、それから二人を追いかけて走りだした。
20171020


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