かみさまがいたころしたように | ナノ

かみさまがいたころしたように

 ミーティングの最後に、日曜日はオフにするとプロデューサーが告げた。丸一日の休みはかなり貴重だ。Jupiterの三人は顔を見合わせて喜びあう。
「うわー、お休み久しぶりだよ! 北斗君はエンジェルちゃんたちとデート?」
「うーん、そうだね。ランチの約束がいくつかあるからこの機会に会っておこうかな」
「ランチって一日一回だろ……」
「カフェで軽食にするさ。大丈夫、体型には気をつけますから」
 うんざり顔で指摘した冬馬に涼しげに答える北斗。翔太は気のない返事をする。
「フーン、大変なんだね。冬馬君は?」
「俺はこの間見つけた店に行きてえな。前は時間なくてさ。穴場っぽかったんだよな」
「ああ、フィギュアの?」
「おう。どの辺だったかな……」
「そういう翔太は何か予定はないの?」
 問いかけられて、翔太ははたと考えこむ。やってみたいこと……無くもないけど。
「僕……うーん。昼寝でもしてようかな」
「いつもと変わんねーじゃねえか!」
「変わるよー。やっぱり自宅が一番? みたいな? でも家にいると姉さんたちが起こしてくるし、冬馬君の家行ってもいい?」
「いや俺出掛けるって」
「いいよ。僕留守番してるから」
「それはおかしいだろ!」
 冬馬とじゃれあっているうちに、いつの間にか北斗が黙りこんだことに気付き翔太はその様子をうかがう。スケジュール帳を開き真剣な顔をしているが、おおかたデートコースでも考えているのだろう。気にしなくていいか、と翔太は再び冬馬にちょっかいを出しにかかる。


「来ちゃった♪」
「いや来ちゃったっていうか……」
 ドアを押さえ、顔をひきつらせる冬馬に、翔太はにっこり笑いかけた。
 日曜日の早朝だ。まだ辺りは暗い。冬馬は寝間着代わりのジャージ姿だった。その横をすり抜けて、室内に侵入する。
「おじゃましまーす」
「あっコラ……ったく……」
 勝手知ったる他人の家だ。翔太はまっすぐリビングに向かう。冬馬もブツブツ言いながら戻ってきた。
「寒ーい。エアコンつけないの?」
「今起こされたとこなんだよ。つか何しに来たんだ」
「えー……顔見せに?」
「そーかよ。飯は食ったのか?」
「えっと、まだ」
「作るから待ってろ」
「ううん。食べに行こうよ」
「朝から? もったいねえだろ」
「でも急がないと。乗り遅れちゃうよ」
「何が?」
「僕らが。新幹線に」
「え?」
「一緒に新潟行こう。いいでしょ?」
「はあ!?」
 仰天する冬馬を気にせず、背中を押してクローゼットのある寝室へ押しやる。早く準備して出ないと。一応扉は閉めてやった。着替えを覗く趣味はないので。中からわあわあ言う声がしていたが、早く早くとそれだけ返した。
 そして数十分後、二人は新幹線のホームに並んで立っていた。帽子にマフラーに伊達眼鏡の完全装備だ。背中にはリュックを背負っている。翔太のそれには菓子くらいしか入っていないが、冬馬はどうなのだろう。見上げると冬馬が呆れ顔で見下ろしてくるが、翔太は気にせずにこにこ笑いかける。冬馬は何度も声を出しかけ、結局言葉にはせずため息をついた。
 新幹線がホームに入ってくる。冬馬の手を引いて、席まで案内する。早朝の為か人は少ない。荷物を上げ、窓側の席に座ってしまうと翔太はさっさと伊達眼鏡を外した。
「冬馬君、新幹線とかも好きかと思ったのに。あんまり楽しくない?」
「いや、急な話だったからよ……ていうか何しに行くんだ?」
「日本海を見に行くんだよ?」
 当然でしょ、という顔をしてみせる。冬馬は何か言いたげに口をぱくぱくさせるが、再びため息をついた。
「分かったよ。今日一日付き合ってやる」
 その答えに翔太はぽかんとする。自分で誘っておいてなんだけど、まさかそこまで言ってくれるとは思わなかった。 
「…………いいの?」
「仕方ねえ」
「まだ発車しないよ?……降りてもいいんだよ?」
「お前一人で行かせられねえだろ。面倒見てやっから」
 当たり前みたいな顔をして答える冬馬に、翔太は唖然とするけれど、そういうところが冬馬君なのかな、とも思う。厳しい人だけど、変なところで優しい。
「ありがとう」
「やめろよ」
 安心したら気が抜けたのか急激に眠気が来た。姉にも頼んで無理やり早起きしてきたのだ。いつも通り振る舞っているつもりでも緊張していたのか、さっきまではさっぱり眠くなかったのだけど。あくびをしたら冬馬に気付かれた。
「寝てろよ。起こしてやるから。ただし一回で起きろよ」
「うーん……」
「寝てないんだろ?っつか、俺も眠ィし。ちょっと仮眠しようぜ」
「肩借りていい?」
「ん」
 冬馬も伊達眼鏡を外して、身体を傾けてくる。その肩に頭を預けて、翔太はあっという間に眠りについた。

□ □ □

 アンコールの演目も終わった。完全な終演だ。歓声を上げる観客たちに手を振りながら、袖に戻るために走ろうと視線を舞台上に戻す。
 一瞬だった。舞台の中央にいた冬馬がはけるために身を翻す、眩しいライトにその姿が重なって目がくらむ、次の瞬間ふっと姿がかき消えていた。まるで夢か何かのように。熱狂する観客たちは気付いていない。翔太はそのまま舞台袖に駆け込み、北斗と呆然と顔を見合わせる。歓声はやまない。

□ □ □

「オイ、起きろよ。もうすぐだぞ」
「え?……うわ! 畑かな? なんにもない」
 翔太は勢いよく身を起こして窓を覗きこんだ。外にはだだっ広い茶色の地面が広がっている。
「のどかだねー」
「そうだな」
 さきほど見た夢のことを考える。不吉なようで、当たり前のような気もする。きっと現実に起こっても、受け入れてしまいそうな。
 アイドルはステージの上で完成する。完結しない物語は、終わらない曲は永遠に欠陥品だ。偶像としての存在が完成したとき、それは何をもって示されるのだろう。
「海以外に見たいモンはねえの?」
 冬馬が声をかけてきて、翔太は我に返る。
「ないよ。ていうか僕、なんにも調べてないし。何があるのか知らない」
「マジかよ……」
「朝ご飯、どこで食べよっか」
「あー……あんま人目あるとな……」
 そうこうしているうちに終点に着いた。伊達眼鏡をして、念のためにフードも被って、二人はホームに降りる。
「コンビニでいい?」
「翔太がいいなら」
「えっ?」
 反対されると思っていた。ぎょっとして見上げると、冬馬は肩をすくめた。
「一日付き合ってやるって言っただろ?」
 言ってたけど。
 結局二人は駅の中のパン屋でいくつかパンを買い込み、駅を出た。日は高くなっており、日曜のためか人通りも多い。二人はお互いの変装を確かめあって、それから道を調べるために立て看板の地図を覗いた。
「バスも出てるが、歩いても行けそうだな。どっちがいい?」
「歩く?」
「分かった」
 並んで歩道を歩きながら、辺りのビルを見上げて、翔太は呟く。
「……僕もっと、田舎だと思ってたよ」
「そうだな」
「人、多いね」
「そうだな」
「もっと人がいなくなったら、手繋いでもいい?」
「ん」
 川を渡り、街中をどんどん進んでいく。地図は見ない。時間はあるのだ。
 急な坂を登ったところで風に潮の匂いが混じってきた。人通りも急に少なくなる。翔太は冬馬の手をとった。静かな道を、手を繋いでゆっくり歩く。何かのCMみたいだと思った。青春、はJupiterにはあまり似合わないかもしれないけど、今の二人にはきっと相応しいはずだ。そう思いたかった。
 暗い防砂林を抜けるとすぐそこだった。
「海だ!」
 繋いだ手を離し、防波堤に手をついてひょいと飛び乗る。冬馬も軽やかに跳んで隣に並んだ。冬の海は潮風が強く吹いているせいで寒いが、人もいない。翔太は伊達眼鏡もコートのフードも外して、いつも通りの格好になる。
「ね、冬馬君も」
 せっつくと彼は何も言わず眼鏡を外した。ニット帽も脱いでしまうので、寒くないか心配したが、彼がいいならいいのだろう。
「砂浜降りていいのかな?」
「いいんじゃねえの? あっちかな」
 防波堤の上を前後に並んで歩く。無意味に両手を広げてバランスをとる真似をしてみるが、風が強いためむしろバランスを崩しかけて、手を頭の後ろで組んだ。冬馬はコートのポケットに手を突っ込んだまま、その後ろを着いていく。
 砂浜に降りた。辺りには何もない。比較的大きめの流木に並んで腰掛け、風上に背を向けてリュックからパンを取り出した。膝の上に並べる。
「ここで食べよう。いい?」
「ん」
「砂飛んでくるかな」
「すぐ食べりゃいいだろ」
「これどっちのだっけ?」
「翔太じゃねえ? あれ? 俺か?」
「僕もらっちゃおっかな」
「はいはい。俺こっちもらうわ」
 食べ盛りの男子二人はあっという間にパンを食べ終え、流木の上で海を眺める。水は黒く荒れていて寒々しい。というか寒い。重ねた手を握りあった。
「……寒いね」
「……満足したか?」
「……分かんない」
「いいよ、分かんなくて。満足するまで付き合ってやるから」
「……なんで怒らないの?」
 あのな、と冬馬は真面目な顔をして、翔太を見つめる。
「俺は子供じゃねえんだよ」
 それは答えなの?
 二人は無言で見つめ合う。風の音と、波の音ばかりやたらと響いている。冬馬の髪だけが風に乱されてむちゃくちゃになっているくせをして、その視線は相変わらず真っ直ぐで揺るぎない。思わず目を逸らした。
「……寒い」
 翔太は冬馬の手を握ったまま立ち上がる。とりあえず、風だけでもしのぎたい。繋いでいない右手が冷えている。どこかに建物はないかと見渡すが、ただ砂浜とその向こうの防砂林しか見えない。
 冬馬の腕を引っ張る。
「追いかけっこしようよ。寒いし」
「おう」
 冬馬は短く返事をするなりいきなり走り出した。手を繋いだままなので引っ張られてつんのめる。ちょっと、と文句を言いつつ翔太も繋いだ手に力を込めて走り出す。ほんと、負けず嫌いなんだから。すぐそこの後ろ姿にはあっという間に追いつけそうだったけれど、ほんの少し手加減して、背中を見ながら後ろを着いていく。そうだよな、と思う。彼は僕の前にいた。引っ張ってくれていた。だけど今は違う。
 繋いだ手を引っ張るようにして、勢いをつけて横に並んだ。そう、君は今は僕の、僕らの隣にいる。
「冬馬君!」
「んだよ!」
「帰りの新幹線っ、まだ、とってないんだけどっ」
「え!?」
 急ブレーキ。翔太は冬馬を追い越してしまって、繋いだ手に止められる。
「最初はね……帰らなくてもいいかもって、思ってて」
 スニーカーの中に砂が入っているのが気になる。手をほどいて、しゃがむ。靴を脱いでひっくり返しながら話す。顔は見ない。冬馬は黙って立っている。
「でも、満足したよ。帰ろう」
「いいのか?」
「え?」
「本当にそれでいいならいいんだ」
 冬馬はリュックを開ける。中から取り出したのは黒い布の袋だ。翔太はそれを知っている。通帳や判子を入れている袋──彼の全財産。
「いいぜ。ここにずっといても」
「……なんで?」
 なんで怒らないの? なんでそんなことが言えるの? なんで着いてきてくれたの?
 冬馬は肩をすくめる。
「別に。翔太のしたいようにさせたいだけ」
 なんか今日元気ないみたいだったからさあ。旅行したいならそれもいいかと思ったんだよ。帰りたくないならそれもまあいいだろ。
 およそ彼らしくないことを言う。明日からも予定は山ほど入っていて、待っている人も大勢いるのに。
 冬馬はまっすぐ翔太を見つめる。
「選べよ。付き合ってやる」
 二人はずいぶん長い間、見つめ合った。
 

 そして二人は新幹線のホームに並んで立っている。夕方は朝よりも人が多い。帽子も伊達眼鏡もマフラーもしているが、見つかって騒ぎになるのは極力避けたくて、待機場所からは少し離れている。
 結局翔太には冬馬を殺すことは出来なかった。彼からアイドルを奪うなんてことは。それは待っているファンのためというよりは、自分ためだったけれど。
 彼はきっと翔太の道しるべだった。その光に惹かれてここまで来たのだ。隣に並んだことは嬉しかったけれど、もう一度彼に引っ張られてみたかったのかもしれない。あの光が、懐かしくて。知らない土地に彼を連れ出して、何がしたかったかといえばただそれだけだ。ただ導いて欲しかったのだ。
 新幹線がホームに入ってくる。最後尾について乗り込み、買ったばかりの切符を確認して、席に座った。
 リュックから駅弁を出して広げながら訊く。
「冬馬君、なんであんなこと言ったの? ファンのみんなとか、北斗君とか、どうするつもりだったの?」
「さあ……それはその時だろ」
「僕ホントに帰らなかったかもしれないよ?」
「でもお前、この仕事好きだろ?」
 さらっと言われてまばたきする。好き、そうか、そうだった。
「そうだね、うん。そうだね」
 翔太が小さくうなずくと、冬馬は笑って、翔太の頭を撫でた。
「お前はさあ、多少ワガママなくらいでいいんだよ」
「それっていつもでしょ?」
「そ。いつものお前がいいの」
「……」
「弁当食うか」
「うんっ。冬馬君のもちょうだい」
「一口な」
「全部くれてもいいんだよ?」
「俺がよくねえよ!」
「ワガママな僕が好きなんでしょ〜?」
「好きとは言ってねえからな。ほら、一口とってけ」
「はーいっ」
 好きって、言ってくれてもいいのにな。ひたすら弁当を食べる横顔をうかがう。初めて見つけたあのときからずっと君の光を見てた。憧れとか尊敬とか、今更名前をつけるのは恥ずかしいけど、言ってしまえば僕は君のことが好きだよ。
 彼はきっとそのときまで、翔太の神様だったかもしれなかった。導き、恵みを与える神様だ。だけどそれは数秒の昔のつたない神話で、だから必要なのは信仰ではなく。
 ようやく感情に落としどころを見つけて、翔太は晴れやかな気分で駅弁をかき込む。猛然としたスピードに警戒したのか冬馬もペースを上げる。別に盗らないのに。二人一緒に食べ終わり、お腹が満たされたところで、眠気がやってくる。冬馬君、と肩の辺りを引っ張ったら、理解したのか少し身体を傾けてくれた。その肩に頭をのせて、翔太はあっという間に眠りについた。 

□ □ □

 割れんばかりの歓声。今朝の夢だとすぐに分かった。振り返ると、舞台の中央で今にも冬馬が身を翻そうとしているところだった。まばゆいサイドライトに飲み込まれる前に、翔太は思いきり踏み出す。
「冬馬君!」
 冬馬がこちらに目を向ける、そこにブレーキもかけず飛び込む。支えきれず二人して倒れ込みそうになったところを、冬馬の後ろから誰かが力強く支える。それが誰かなんて見なくても分かる。
 三百倍の重力は、この三人に与えられたのだから。
 Jupiterは三人でひとつだから。
 完成するなら三人一緒に決まっている。彼らは横に並んだ等しい光で、ひとつの惑星をつくっている存在なのだと、彼らは知っている。舞台の中央で、三人はしっかり抱きしめあう。
 歓声はやまない。

□ □ □

「オイ、起きろ。そろそろだぞ」
「え?……ほんとだ。街だ」
 あくびをしながら窓を覗く。空は暗くなっているが街は光に溢れている。結局こうして光のもとに帰ってくる。
 先ほど見た夢のことを考える。三人はずっと一緒だろうか。そんな保証はないけど、三人でトップにならなれるかもね。まあ、それは当然。だって僕と冬馬君と北斗君だもの。
 そんなことより。翔太はこっそり笑う。ほらね、寝ていても君のことを考えてる。
 新幹線は駅に着いた。
 もう夜だし送る、と言う冬馬に甘えて送ってもらうことにする。それなりに混んでいる電車では一言も発さなかったが、降りると夜道は人が少ない。なんとなくまた手を繋いだ。
「冬馬君さ、フィギュアのお店行きたいって言ってたよね」
「言ったな」
「次のお休み、半休でもいいけど、一緒に行こうよ。今日付き合ってもらったから」
「一緒に? いいけど」
「約束だよ」
「おう」
 これはデートの約束だ。冬馬はそんなこと思いもしないだろうけど。
 神様がまだ居た頃していたように、翔太は笑って、繋いだ手を強く握った。
20170923
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