novel15 | ナノ

 人魚の旬と、人間ではありますが海を愛するあまり脅威の肺活量を手に入れたクリスは、海底で毎日それなりに楽しく暮らしていました。旬は夜こっそりと岩の上で歌を歌うのですが、夜だろうがなんだろうが潜っていた海洋学者のクリスに見つかり、それ以来海の底を案内する代わりに地上のことを教わっているのでした。

 ある時のことです。海の上を進む船から、美しい歌声が響いてきました。旬は驚いて、こっそり船に近付いてみました。
 その船縁では、金の髪をした男性と、黒髪の少年とが伸びやかに歌っていました。旬は波間に頭だけ出してうっとりと聴きほれます。しかしそこに嵐がやってきて、二人は荒れ狂う海の中に投げ出されてしまいました。
「クリスさん!」
 旬は海の中に助けを求め、二人の腕をしっかりと掴みました。二人は意識を失っており、波がかからないようにするのに必死でした。すぐにクリスがやってきて、力強く二人を支え、旬とクリスは二人をなんとか岸に運ぶことが出来ました。

「う……都築さん! 都築さん! 大丈夫ですか!?」
 黒髪の少年は目覚めるなり辺りを見渡しながら叫びました。金髪の男性は目を開けませんでしたが、どうも寝ているだけのようでした。
 黒髪の少年は人心地ついてようやく旬とクリスの存在に気付いたようで、二人に頭を下げました。
「お二人がわたしたちを助けてくださったのだな。ありがとうございます」
「いえいえ」
「そちらの男性は大丈夫ですか?」
「ああ、都築さんは寝ているだけだ。普段もだいたいこんな感じだから心配ないはずだ」
「そうでしたか。では我々はここで失礼……」
「待ってくれ! せめてお礼を……。今夜この国でコンサートを行うのだが、来てくれないか」
 コンサート! 旬は顔を輝かせましたが、すぐに曇ってしまいました。そう、人魚の存在は秘密なのです。今だってクリスのフィンの陰にヒレを隠しているのですから。それにヒレでは地面を歩けません。
 それでもコンサートは諦めきれません。船上で奏でられていた音楽が忘れられないのです。結局旬は行けないと分かっていながら、少年がサインを書いたチラシを受け取りました。
「入場の際、そのサインを見せれば入れるように、わたしから手配しておく。この度はありがとう」
 二人は男性の目覚めを待つ少年を残し、去っていくふりをしてこっそりと海に戻りました。

「コンサートか……」
「行きたいのですか?」
「はい……。でも無理ですよね……」
 都合よく防水加工が施されているチラシを旬は熱く見つめ、吐いたため息は大きな泡となって上へ昇っていきました。そんな旬を見ながら、クリスはふと思い出しました。
「そういえば、以前話してくれませんでしたか。海の底にいるという魔女の話を」
「ああ、確かに……」
 そう、海の底には魔女が住んでいました。どんな願いでも叶えてくれるという噂でしたが、怪しいのであまり人は寄り付きません。なのでその存在は一種の都市伝説でした。
「試してみる価値はありますよ。行きましょう! 果てしない海の底へと!」
 クリスは行きたくて仕方ないようでした。旬は頷き、大きく潜水しました。

 魔女の家は普通のアパートでした。ノックすると、「はーい」という声がして、やがてドアが開きました。
「やあ。お客さんかい?」
 そこに立っていたのは大きなとんがり帽子を被った男性でした。ヘアピンで前髪を留め、反対側は長く垂らしています。男なのに魔女なのか、と旬は思いましたが、世界には男のクイーンもいるのでまあそんなもんです。魔女はみのりと名乗りました。
「人間にしてほしいんです。一晩だけでも」
 応接間の席に着くなり旬はそう切り出しました。みのりは頷き、「結構多いよ、そのお願い。十代に」と言いました。
「でも代償が大きいんだ。あんまりお勧めは出来ないな」
 代償に関する細かい説明を聞いて旬は青ざめました。中でも声を失ってしまうというのは彼にとってとても恐ろしいことでした。みのりは旬に微笑みかけ、クリスに向き直りました。
「そっちのお兄さんは? ていうか君、人間?」
「はい。私はいいのです。人間であればこそ、海の魅力を人々に広めることが出来るのですから」
「ああ、なるほど。ちょっと分かるよ。布教って楽しいんだよね」
「はい。海の魅力を全人類が分かってくれれば良いのですが……」
「そういう気持ちすごく分かるな〜」
 盛り上がる二人をよそに旬は一所懸命考えました。やっぱりコンサートには行きたい。それに声が無くとも、陸には楽器というものがあるとクリスに聞いています。旬は決意して顔を上げました。
「やっぱり僕を人間にしてください……!」
 決意の籠もった視線に、みのりは頷き、旬に尋ねます。
「ちなみに、どうして人間になりたいんだい?」
「コンサートに行きたいんです」
「珍しいね。ちなみに、誰の?」
 旬はチラシを取り出し、読み上げました。
「Altessimoです」
「えええええっAltessimo!?」
 みのりは仰天して立ち上がり叫びました。
 旬とクリスは唖然としながらみのりを見上げました。みのりはまた席につき、咳払いして、旬を見つめました。
「なるほどね。そうと分かれば事情は別だよ。同士のためだ、一晩だけだけどノーリスクで人間にしてあげる」
「えっ、出来るんですか」
「一晩だけだけどね。あと俺が風邪ひくけど」
「えっ……いいんですか……」
「いいのいいの。じゃあ、君離れておいてね。いくよ……食らえっ! ハッピー☆スマイルッ!!」
 えっと思う間もなくみのりは大きく手を振り上げていました。旬は思わずぎゅっと目を瞑り、衝撃に備えました。
「終わったよ」
 恐る恐る旬が目を開けると、まだ足はヒレのままでした。みのりを見ると、咳をしながら手で玄関を示しました。
「ここで人間になったら死んじゃうからね。三十分以内に海面に上がっておくんだよ。げほっ」
 みのりの風邪は結構重そうでした。看病役を買って出たクリスを残し、旬は陸地を目指しました。

 そして旬はコンサートを心から楽しみました。陸地に友達もたくさんできました。また会うことが出来るかは分かりませんが、その日は間違いなく最高の一日となったのでした。
 おしまい。
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