後で聞いたら恋占いもできるって言ってた | ナノ

後で聞いたら恋占いもできるって言ってた

趙雲の諸々でっちあげ

 看板のネオンを落とし、店内に戻る。店のマスターは今日も今日とてソファで眠っていた。仕方がないので店主の指示なく勝手に閉店させたが、客もいないし構わないだろう。
「趙雲、レジ締めてくれる?」
「……御意」
 ふわふわ漂っていたペットロボは、由蛇の言葉を受けて会計台の方へ向かった。この魚は最新の高機能ロボなので金勘定くらい当然できるが、普段その性能が活かされているところは全く見られない。マスターはこのロボのことを選曲センスの良いお喋り友達くらいにしか思っていないらしい。高かったのに。
「……会計、一致しマシタ」
「早〜。流石だねー、ありがと」
 褒めると頭のライトが光量を増した。多分喜んでいるんだろう。
「マスターを、起こしマスカ」
「んー、まだ始発ないし……起こしたら働かせられそうだしな〜……」
「サボり、マスカ」
「サボりま〜す」
 カウンター前の座席に座って、椅子をくるくる回す。宙を泳いで寄ってくる趙雲を撫でた。
「たまには夜鷹さんが居たらできないことでもしてみる?」
「……なんでショウ」
「うーん、流行りの曲でもかけてみるとか」
「ランキングを、順に再生しマス」
 趙雲から、とても似つかわしくない軽快なポップスが流れ出すので笑ってしまう。平成リバイバルブームのカバー曲。爪先でリズムを取りつつ、同じくゆらゆらとリズムを取っているロボを眺める。
「趙雲ってそのライトも変えられんだっけ」
「約一億三千万色の、発光パターンがありマス」
「一億! すげ〜」
 趙雲の光がグラデーションを描いて色を変えていく。いつもの電球色から変わって青や緑に照らされる店内はBGMも相まって知らない場所みたいだ。
 椅子ごと体を反転させ、カウンターに頬杖を付く。
「……夜鷹さんって、寮だとどんな感じ?」
「夜鷹殿は」
 趙雲のライトがカラフルに光りながらゆったりと明るさを変えた。思案しているようだった。顔つきは変わらないのに、案外表情豊かだ。
「よく、寝ていらっしゃいマス」
「アハハ! それはそうだろうね」
 ソファから突き出した彼の脚を眺める。今でさえああやって伸びているんだから寮ならなおさらなんだろう。由蛇の手の届かないところでも、振る舞いは変わらないらしい。どうか酷いことにはならないようにと願っている。本当はこの手の中で守っていたかったけど。
「はー、まったくもう……」
「夜鷹殿に、思いを、告げられないのデスカ」
「え?」
 急に何を言うのかと仰天して趙雲を見上げる。突然とんでもないことを言い出したペットロボは平然と尾びれを動かしているばかりだった。店内はやたらムーディーな色に染められていて、大昔に流行った恋愛ソングが切々と歌い上げられている。
「告白ってこと?」
「ハイ」
「オレが?」首を傾げる。
「ハイ」
「アレに?」ソファで寝こける脚を親指で指す。
「ハイ」
「……イヤイヤイヤ、ないっしょ」
「そう、でショウカ」
 機械の合成音声には僅かな揺らぎもなく、表情も動かないままだった。
「……愛して、らっしゃるのでは、ないデスカ」
「愛〜〜〜!?」
 あまりに似合わない単語が飛び出してきて唖然とする。愛。オレが? アレに?
 そりゃあ愛しているに決まっている。そうじゃなきゃ今この店で働いてなんかいない。だけど同時に呆れてもいるし、憐れんでもいる。恨んですらいる。そばに居続けているのは今さら後に引けない意地に、死なばもろともみたいな自暴自棄だってきっと含まれている。そこから愛だけ取り出すなんて欺瞞だ。
「うん、ぜ〜んぜん。夜鷹さんなんか全然愛してない」
「それは残念だ」
「ワーーーッ!!」
 不意に背後の間近で声がしてヤバめの悲鳴が出た。椅子から転げ落ちそうになる由蛇を誰かが易々と支える。誰かというか、考えるまでもなく一人しかいない。
「起きてたんスね〜〜!?」
「ああ、さっきね」
 夜鷹は由蛇を座らせ直して、店を見渡す。由蛇もつられて首を回した。店内は派手なLEDに染められている上に陽気なポップスまでかかっている。とてもバーとは思えない空間に仕上がっていた。どっちかって言ったらクラブだ。ヤッベ。
「締めてくれたんだね。ありがとう」
 夜鷹は特に気にしていないようだったが、いくらなんでもふざけすぎていた。慌てて趙雲にアイコンタクトを飛ばす。照明とBGM、なんとかして!
 察しのいいペットロボのおかげですぐに灯りは普段の暖かい色になり、音楽は静かなジャズに変わった。いつも通りに落ち着いたバーの完成。
「……てことで、店閉めたんで、帰ります?」
「うん、でも」
 夜鷹は由蛇を支えた位置から動かず、だから無駄に密着したままだった。彼のそんな距離感なんかとっくに慣れているつもりだったが、それにしたって近い。彼が屈んで顔を覗き込んでくる。
「私のことが嫌い?」
「……やだなー、ンなワケないじゃないですか」
「そう。良かった」
 早く離れてくれないかとそればかり考えている。伝わってくる体温に脳細胞が何か取り返しのつかない暴走を始めるような気がしていた。まがりなりにも愛してしまっているので。
「愛してはくれないのかな」
 彼がそんな口説くようなことを言うのは日常茶飯事で、大した意味なんかないと知っているのにそうではないと思い込みそうになっている。期待している。淡い瞳の奥に何か特別なものを探して見つめた。由蛇の視線を受けてその人は柔らかく微笑んだ。照明も音楽も、何もかも彼を完璧に引き立てていた。趙雲を雰囲気作りにだけ登用しているのはもしかしたら正解なのかもしれないと思う。二人がかりなのだから敵うはずがなかった。愛しているとついに認めた。
20241012


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